リジョイス聖書日課 2022年11月

RCJメディアミニストリー「ふくいんのなみ」のトップページへ戻る

2022年11月の聖書日課

月刊誌 『リジョイス』PDF版 12月号配信中

月刊誌 『リジョイス』PDF版 12月号配信中

パソコンやタブレットで読める、月刊誌 『リジョイス』PDF版の配信を行っています。当ホームページで配信している聖書日課だけはなく、1冊全部を読むことができます。

月刊誌 『リジョイス』聖書日課 音声データ 一括  12月分配信中

月刊誌 『リジョイス』聖書日課 音声データ 一括  12月分配信中

耳で聴く月刊誌 『リジョイス』聖書日課の1ヶ月分の音声データ。ダウンロードしてCD-Rなどに保存できます。

わたしの街のこの教会 Vol.66 上野緑ケ丘教会

わたしの街のこの教会 Vol.66 上野緑ケ丘教会

毎月、改革派教会を動画で紹介する企画「わたしの街のこの教会」。2022年11月は三重県 伊賀市 にある「上野緑ケ丘教会」です。

ヘブライ 1-2章

この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られました。 ヘブライ人への手紙 1章2節

神の御子の声に聞こう

この手紙の著者名も、受信者たちがどこの誰なのかもわかりません。教会の内外に困難があった時代に、神は第1級の神学者を用いて福音の素晴らしさを明らかにされます。説教のような手紙です。 神はかつて預言者たち…

ヘブライ 3-6章

だから、わたしたちはこの安息にあずかるように努力しようではありませんか。さもないと、同じ不従順の例に倣って堕落する者が出るかもしれません。
ヘブライ人への手紙 4章11節

神の安息にあずかるように

厳しい言葉は嫌われます。それを知りつつ語る理由があります。 昔、神の民は神の憐れみを受け、約束の地を目指して出エジプトしました。けれども荒れ野の途上で神に反逆した人たちは約束の地に入れませんでした。カ…

ヘブライ 7-9章

ところが実際は、世の終わりにただ一度、御自身をいけにえとして献げて罪を取り去るために、現れてくださいました。
ヘブライ人への手紙 9章26節

ただ一度の決定的な救い

人間は「ただ一度死ぬ」と定められています(9章27節)。死を恐れるのは、死の後に裁きがあることを予感しているからです。第一のアダムと共に神に罪を犯したからです。解決の道はあるのでしょうか。罪の赦しと清め…

ヘブライ 10-11章

神の御心を行って約束されたものを受けるためには、忍耐が必要なのです。
ヘブライ人への手紙 10章36節

必要なのは主イエスを見つめる忍耐

キリスト教が弾圧され、ローマ帝国内で認められていたユダヤ教に戻ろうとする背教の危機がありました。そのため、ヘブライ書は、真理の知識を受けた後に、故意に罪を犯し続けるなら滅びしか残らないと明言します(1…

ヘブライ 12-13章

だから、イエスを通して賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえる唇の実を、絶えず神に献げましょう。
ヘブライ人への手紙 13:15

賛美のいけにえを神に献げよ

イエス・キリストは、きのうも今日も、また永遠に変わることのない方です(13章8節)。 時代や場所が変わっても、若い時だけでなく、中年の時も、老齢の時も、いつも変わりなく、同じ愛と憐れみの方として、私たち…

詩編 119編57-176節

あなたの御言葉は、わたしの道の光
わたしの歩みを照らす灯。 詩編 119編105節

ひと足またひと足導きたまえ

今、私たちは苦難の時を生きています。戦争、気候変動による自然災害や飢餓、疫病、腐敗した政治などのニュースが毎日のように私たちに届けられています。これらのことは私たちの家計のこと、家族のこと、仕事にま…

ゼファニヤ 1-3章

わたしは地の面から
すべてのものを一掃する、と主は言われる。 ゼファニヤ書 1章2節

神のさばきの真意とは

「すべてのものを一掃する」。これは、神のさばきのことばです。とても恐ろしいことばです。 ゼファニヤの時代は、とても暗い時代でした。南ユダ王国に異教の宗教が導入され、上流階級の堕落があり、商人による異教…

ハガイ 1-2章

「神殿を
廃墟のままにしておきながら
自分たちは板ではった家に住んでいてよいのか。
…主はこう言われる。
お前たちは自分の歩む道に心を留めよ。」 ハガイ書 1章4節~5節

神の思いを第一にして生きていく

ペルシア王ダレイオスの治世、捕囚の民となっていたユダヤの民たちは、エルサレムに帰還することが許され、帰還しました。このとき、捕囚から解放された民たちの意識は大きく変化していました。信仰に基づく故郷の…

ゼカリヤ 1-5章

「再び、呼びかけて言え。
万軍の主はこう言われる。
わたしの町々は再び恵みで溢れ、
主はシオンを再び慰め
エルサレムを再び選ばれる。」 ゼカリヤ書 1章17節

神は、民を励まし続けてくださる

ゼカリヤは、バビロン捕囚から解放されたのちの預言者です。その最初の預言は「ダレイオスの第2年8月」になされたとあります。預言者ハガイの預言と同年です。両者は互いを知っていて協力していたようです。歴史書…

ゼカリヤ 6-8章

あなたたちは食べるにしても飲むにしても、ただあなたたち自身のために食べたり飲んだりしてきただけではないか。 ゼカリヤ書 7章6節

断食の日が喜びの日となる

6章後半からは「主の言葉」による預言です。7章には「ダレイオス王の第4年」と1章の2年後であることが記されます。神殿はまだ建設途上であり、忍耐が続いています(エズラ6章15節参照)。 6章後半で神は、引き続き…

ゼカリヤ 9-11章

見よ、あなたの王が来る。
彼は神に従い、勝利を与えられた者
高ぶることなく、ろばに乗って来る
雌ろばの子であるろばに乗って。 ゼカリヤ書 9章9節

真の平和の王が到来する

9章の冒頭には「託宣」と記されていますが、1章などと違って具体的な年代は記されていません。9章以降では、神殿は既に再建された様子で、神殿への言及はわずかです。再建期は終わり、捕囚後のイスラエルの生活は安…

ゼカリヤ 12-14章

その日、主は御足をもって
エルサレムの東にある
オリーブ山の上に立たれる。 ゼカリヤ書 14章4節

「その日」平和を打ち立てる主

ゼカリヤ書の最後の区分も「託宣」という言葉から始まっています。前段に比べて具体的状況への言及が減り、「その日」について言及されます。それは、神が最終的に神の民の勝利を確定し、平和を打ち立てる日です。…

詩編 121編

目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。
わたしの助けはどこから来るのか。
わたしの助けは来る
天地を造られた主のもとから。 詩編 121編1節~2節

神が助けに来てくださる

詩編121編は、エルサレムへの巡礼の旅の際に歌われた「都上り」の歌とされます。しかし、ただの巡礼の歌ではなかったようです。長く苦しいバビロン捕囚の後、再びエルサレムに帰還し、巡礼への道が開かれました。人…

ヤコブ 1章

わたしの兄弟たち、いろいろな試練に出会うときは、この上ない喜びと思いなさい。
ヤコブの手紙 1章2節

いろいろな試練に出会うときは

信仰を持てば苦しいことがなくなると期待する人がいます。人生におけるさまざまな苦しみや悩みから解放されたくて教会に来たという人もいれば、キリスト者になっても依然として苦しみがなくならないと悩む人もいま…

ヤコブ 2章

わたしの兄弟たち、栄光に満ちた、わたしたちの主イエス・キリストを信じながら、人を分け隔てしてはなりません。
ヤコブの手紙 2章1節

人を分け隔てしてはならない

ヤコブの時代、教会は、貧富の差が大きかったようです。金持ち、この世の権力者という理由で、その人に特別な配慮をする、世俗的な価値観が入り、それがまかり通る懸念がありました(2~4節)。そこで、彼は「主イ…

ヤコブ 3-5章

神に近づきなさい。そうすれば、神は近づいてくださいます。
ヤコブの手紙 4章8節

神に近づきなさいそうすれば

私たちは普通、罪というものをある具体的な行為、すなわち、神に禁じられたことをしてしまう、過ちをおかす、といったことに制限しようとする傾向があります。戦いや争い、殺人などしなければ、兄弟の悪口を言った…

1ペトロ 1章-2章10節

神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生まれさせ、死者の中からのイエス・キリストの復活によって、生き生きとした希望を与え、… ペトロの手紙一 1章3節

復活による生き生きとした希望

私たちは皆、この世に命を与えられて誕生しました。しかし、この命はいつまでも続くものではありません。私たちは、赤ちゃんから成長して大人になり、年齢を重ねて長生きしたとしても、やがて最後には「死」を迎え…

1ペトロ 1章(2章11節-3章)

あなたがたの信仰は、その試練によって本物と証明され、…イエス・キリストが現れるときには、称賛と光栄と誉れとをもたらすのです。 ペトロの手紙一 1章7節

試練の中で証明される信仰

私たちの人生には、いろいろな試練があります。試練による悩みで心がいっぱいになってしまうこともあるでしょう。しかし、神は私たちを、キリストによって新たに生まれさせ、朽ちることのない天の財産を受け継ぐ者…

1ペトロ 4-5章

悪魔が、ほえたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています。信仰にしっかり踏みとどまって、悪魔に抵抗しなさい。 ペトロの手紙一 5賞8節~9節

信仰にしっかり踏みとどまって

この手紙は、各地に散らばって信仰生活を送る信徒に送られました。ペトロはここで、迫害という試練の中で、悪魔がほえたける獅子のように誰かを食い尽くそうと探し回っていると言います。 日本では「迫害」という形…

詩編 122編

主の家に行こう、と人々が言ったとき
わたしはうれしかった。 詩編 122編1節

主の家に生きることの喜び

しばらくの間、日曜日ごとに詩編の言葉を読み続けてきましたが、今日が最終回となります。 きょうの詩編の言葉は、次のように言い換えることができるでしょう。「主の家に行こうと誘われたとき、わたしはうれしかっ…

2ペトロ 1-3章

ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は…一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。 ペトロの手紙二 3章9節

神の忍耐に応えて福音を伝える

教会の最初の頃、信徒たちは、キリストの再臨の日がすぐに来ると考えていました。しかし、なかなか再臨が実現しないのを見て、「主が来るという約束は、いったいどうなったのだ」と言う人たちが出てきました。再臨…

1ヨハネ 1-3章

自分の罪を公に言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、罪を赦し、あらゆる不義からわたしたちを清めてくださいます。 ヨハネの手紙一 1章9節

神は真実で正しい方

真実に生きることは、なんと難しいことでしょうか。もし自らに都合のよい事実のみならば、真実に生きることは簡単なのです。しかし世の中には、自らに都合の悪い事実がたくさんあります。誰しも自分の落ち度は認め…

1ヨハネ 4-5章

だれが世に打ち勝つか。イエスが神の子であると信じる者ではありませんか。
ヨハネの手紙一 5賞5節

だれが世に打ち勝つか

勝ち組と負け組。あなたはどちらになりたいですか。多くの人が勝ち組になるために一生懸命努力しています。しかし、私たちはどういう勝利を目指しているのでしょうか。ここを間違えてしまうと、努力が無駄になって…

2ヨハネ

彼らは、イエス・キリストが肉となって来られたことを公に言い表そうとしません。こういう者は人を惑わす者、反キリストです。 ヨハネの手紙二 7節

キリストは肉となって来られた

イエス・キリストは、神の子でありながら、私たちと同じように肉をとって、この世界に生まれました。この出来事を「受肉」と言います。この「受肉」の出来事は、主イエスが私たちと同じ人間であることを意味してい…

3ヨハネ

愛する者よ、悪いことではなく、善いことを見倣ってください。善を行う者は神に属する人であり、悪を行う者は、神を見たことのない人です。 ヨハネの手紙三 11節

善を行う人とは神に属する人

ヨハネは、ガイオという人物にこの手紙を書き送りました。ガイオがいる教会には、ディオトレフェスという非常に問題のある人物がいました。彼は、自分が教会の指導者となって主導権を握ろうとし、ガイオやヨハネの…

ユダ

しかし、愛する人たち、あなたがたは最も聖なる信仰をよりどころとして生活しなさい。聖霊の導きの下に祈りなさい。 ユダの手紙 20節

聖なる信仰に自分自身を築き上げる

日常生活を送る中で、私たちはさまざまな「勧め」を耳にします。「こうした方が得をする」、「こうした方が楽しく暮らせる」、「信仰など生活に何の意味もないから関わらない方が身のため」。この手紙が書かれた初…

雅歌 1-2章

ソロモンの雅歌。
どうかあの方が、その口のくちづけをもって
わたしにくちづけしてくださるように。 雅歌 1章1節~2節

恋しい人その声を胸に歌を奏で待つ

主を待ち望む季節の中で雅歌から聞こえてくる歌に耳を澄ませます。 主旋律を奏でるおとめの声もまた「恋しい人」の到来を待っています。「かもしかのように、若い雄鹿のように、深い山へ帰って来てください」(2章1…

マラキ 1-2章

わたしはあなたたちを愛してきたと
主は言われる。
しかし、あなたたちは言う
どのように愛を示してくださったのか、と。 マラキ書 1章2節

主はあなたを愛しておられた

主を信じて信仰生活を送り始めてから今日に至るまで、自分が思い描く理想の姿と離れていることに嫌気がさしたことはありませんか。初めて主の愛と救いの恵みを知って洗礼を受けた。主への信頼から信仰告白をした。…

マラキ 3章

見よ、わたしは
大いなる恐るべき主の日が来る前に
預言者エリヤをあなたたちに遣わす。 マラキ書 3章23節

主の御心は決して変わることはない

主がくださった掟を離れ、罪のただ中を生きていると、心も行いも悪くなるばかりです。主は、そのようなイスラエルの民をよくご存じでした。彼らの心にある主に対する不信感。また、どのような言葉でご自分に反論し…

歴代上 1-9章

アダム、セト、エノシュ、ケナン、マハラルエル、イエレド、エノク、メトシェラ、レメク、ノア、セム、ハム、ヤフェト。 歴代誌上 1章1節~4節

系図に見える人間の罪と救いの恵み

歴代誌上は長々とした系図で始まります。私たちにとっては記号のように見えるこの名前も、本人やその周りに生きた人たちにとっては、この地上に生を受けた証です。 神が人をお造りになったとき、「産めよ、増えよ、…