リジョイス聖書日課 2021年5月

RCJメディアミニストリー「ふくいんのなみ」のトップページへ戻る

2021年5月の聖書日課

カルヴィニズムる人たち 2021年5月

カルヴィニズムる人たち 2021年5月

2021年5月の「カルヴィニズムる人たち」は南与力町教会会員の今中与主安さんです。高知県にある高知医療センターの救命救急センターで看護師をされています。

わたしの街のこの教会 Vol.51 川越教会

わたしの街のこの教会 Vol.51 川越教会

毎月、改革派教会を動画で紹介する企画「わたしの街のこの教会」。2021年5月は埼玉県川越市 にある「川越教会」です。

マタイ 27章62-66節

ピラトは言った。「あなたたちには、番兵がいるはずだ。行って、しっかりと見張らせるがよい。」そこで、彼らは行って墓の石に封印をし、番兵をおいた。 マタイによる福音書 27章65節~66節

陰府にくだり

キリストの死と葬りに続き、使徒信条は「陰府にくだり」と告白します。「陰府」とは死者が行く世界のことです。ただちに「地獄」を意味するわけではありませんが、死が罪の結果である以上、陰府もまた暗い側面を持…

ヨハネ 15章1-8節

「あなたがたが豊かに実を結び、わたしの弟子となるなら、それによって、わたしの父は栄光をお受けになる。」 ヨハネによる福音書 15章8節

主イエスにつながって生きる

主イエスは、「わたしはまことのぶどうの木」と自己紹介し、自分につながっているようにと私たちを招かれます。ぶどうの枝は、幹にしっかりつながっていることで、栄養を得て、生き生きとその命を保つことができま…

ルカ 24章1-12節

「人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、3日目に復活することになっている、と言われたではないか。」 ルカによる福音書 24章7節

3日目に

十字架につけられた金曜日から数えて3日目の日曜日の朝、キリストはよみがえられました。すでに弟子たちに「3日目に復活する」(ルカ18章33節)と予告されていたことが実現したのでした。復活は、この歴史の中で確…

ルカ 24章13-35節

「ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。」 ルカによる福音書 24章22節~23節

死人のうちよりよみがえり

日曜日の朝、キリストは復活され、弟子たちの前に現れました。幻を見たのではありません。遺体を納めた墓は空になっていました。復活の証人は他にも数多くいました。キリストは確かにその肉体をもってよみがえられ…

使徒 1章3-11節

こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。 使徒言行録 1章9節

天に昇り

復活されたキリストは、40日間にわたって弟子たちの前に現れて神の国について話された後、天に昇られました。誕生、十字架の苦しみ、死と葬り、死者の中からの復活と、地上でのすべての働きを終え、再び天の父なる…

エフェソ 1章15-23節

神は、この力をキリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させ、天において御自分の右の座に着かせ、すべての支配、権威、勢力、主権の上に置き、今の世ばかりでなく、来るべき世にも唱えられるあらゆる名の上に置かれました。 エフェソの信徒への手紙 1章20節~21節

全能の父なる神の右に座したまえり

天に昇られたキリストは、父なる神の右に着座されました。これは、「わたしの右の座に就くがよい。わたしはあなたの敵をあなたの足台としよう」(詩110編1節)の成就であり、この御言葉は新約聖書で繰り返し引用さ…

フィリピ 3章12-21節

しかし、わたしたちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、わたしたちは待っています。 フィリピの信徒への手紙 3章20節

かしこより来りて

キリストが神の右に着座された現在の状態から、使徒信条は未来についての告白へと進みます。キリストは世の終わりに再び、「かしこより」、すなわち昇られた天より、この地上に来られるのです。教会は、このキリス…

2テサロニケ 1章3-12節

神は正しいことを行われます。あなたがたを苦しめている者には、苦しみをもって報い、また、苦しみを受けているあなたがたには、わたしたちと共に休息をもって報いてくださるのです。 テサロニケの信徒への手紙二 1章6節~7節

生ける者と死ねる者とを審きたまわん

世の終わりにキリストが再び来られるのは、裁きのためです。そのとき生きている者も、すでに死んでしまった者も、すべての者が神とキリストの裁きの前に立つことになります。この世の裁きは間違えることがあります…

ヨハネ 15章9-17節

「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。」 ヨハネによる福音書 15章13節~14節

主イエスの友となる

主イエスにつながることは、主イエスの愛にとどまることです。主イエスは、ご自身につながる私たちが主イエスの愛にとどまるだけでなく、互いに愛し合うことをもお命じになっておられます。 主イエスは、「これ以上…

ヨブ 15章

どうして、人が清くありえよう。
どうして、女から生まれた者が
正しくありえよう。
神は聖なる人々をも信頼なさらず
天すら、神の目には清くない。 ヨブ記 15章14節~15節

どうして、人が清くありえよう

ヨブ記15章から21章では、ヨブと3人の友人の議論の2回目が行われます。15章では、エリファズが「どうして、人が清くありえよう」と主張して、ヨブに答えます。それは、ヨブが神の御前に自分の正しさを言い立ててい…

ヨブ 16章

このような時にも、見よ
天にはわたしのために証人があり
高い天には
わたしを弁護してくださる方がある。
わたしのために執り成す方、わたしの友
神を仰いでわたしの目は涙を流す。 ヨブ記 16章19節~20節

わたしのために執り成す方、わたしの友

ヨブ記16章はエリファズに対するヨブの返答です。ヨブは「わたしがあなたの立場にあったなら、そのようなことを言っただろうか」と語ります。その中で、神に抗弁していたヨブが一転して、神を「わたしの友」と呼び…

ヨブ 17章

あなた自ら保証人となってください。
ほかの誰が
わたしの味方をしてくれましょう。

どこになお、わたしの希望があるのか。
誰がわたしに希望を見せてくれるのか。 ヨブ記 17章3節、15節

神はわたしの保証人

17章でも、心の揺れ動くヨブの姿、苦難に対する嘆き、責め立てる友人たちの敵意に心が痛みます。人としてできる限り正しく生きてきたヨブには苦難の理由がわかりません。それが試練であるのか、罰であるのかさえ。 …

ヨブ 18章

怒りによって自らを引き裂く者よ
あなたのために地が見捨てられ
岩がその場所から移されるだろうか。 ヨブ記 18章4節

岩がその場所から移されるだろうか

18章にはビルダドの主張が記されています。彼は「言葉の罠の掛け合い」と言ってヨブを酷評します(2節)。ビルダドには、ヨブが思い付きや感情が先走った人物だと思われたのです。 ヨブの言葉には神に対する不平や…

ヨブ 19章

わたしは知っている
わたしを贖う方は生きておられ
ついには塵の上に立たれるであろう。
この皮膚が損なわれようとも
この身をもって
わたしは神を仰ぎ見るであろう。 ヨブ記 19章25節~26節

この身をもってわたしは神を仰ぎ見る

ビルダドの言葉にヨブは激しい言葉をもって応答します。親戚、友人、そして僕にすら見捨てられ、見下されているヨブの姿が続きます。今まで友であった者も神と一緒になってわたしを追い詰めるのかと、ヨブは訴えて…

ヨブ 20章

たとえ彼が天に達するほど
頭が雲に達するほど上って行っても
自分の汚物と同様、永久に失われ
探す者は、「どこへ行ってしまったのか」
と言わなければならなくなる。
夢のように飛び去り
夜の幻のように消えうせ
だれも見いだすことはないだろう。 ヨブ記 20章6節~8節

友の苦しみを執り成して祈る愛

3人目の友人ツォファルが「わたしは反論せざるをえない」と言って語り始めます(2節)。「わたしを贖う方は生きておられ」というヨブの信仰の言葉を聞いて(19章25節)、彼はなぜ喜べなかったのでしょうか。自分に…

ヨハネ 17章6-19節

わたしを世にお遣わしになったように、わたしも彼らを世に遣わしました。彼らのために、わたしは自分自身をささげます。彼らも、真理によってささげられた者となるためです。 ヨハネによる福音書 17章18節~19節

世に遣わされた弟子たち

主イエスは、弟子たちに告別の説教をした後、神に祈りました。この主イエスの祈りは、「大祭司の祈り」と言われています。主イエスは、この祈りの後に、捕らえられ、十字架にかけられます。主イエスの遺言とも言え…

ヨブ 21章

どうか、わたしの言葉を聞いてくれ。
聞いてもらうことがわたしの慰めなのだ。
我慢して、わたしに話をさせてくれ。
わたしが話してから、嘲笑うがいい。 ヨブ記 21章2節~3節

悩み苦しむ人の隣人となるために

ヨブと友人たちとの議論の第2ラウンドが、この21章をもって終わります。今回は、ツォファルに対するヨブの応答です。 最初、ツォファルたちは、ヨブを何とか慰めようと、彼の傍らで慰めの言葉を語りました。しかし…

ヨブ 22章

もし、全能者のもとに立ち帰り
あなたの天幕から不正を遠ざけるなら
あなたは元どおりにしていただける。 ヨブ記 22章23節

神を正しく知ろう

ヨブ 23章

神がいったん定められたなら
だれも翻すことはできない。
神は望むがままに行われる。
わたしのために定めたことを実行し
ほかにも多くのことを定めておられる。 ヨブ記 23省13節~14節

万事、救いのために益となす主

ヨブ 24章

なぜ、全能者のもとには
さまざまな時が蓄えられていないのか。
なぜ、神を愛する者が
神の日を見ることができないのか。 ヨブ記 24章1節

「神の日」に向かって

ヨブ 25-26章

だが、これらは神の道のほんの一端。
神についてわたしたちの聞きえることは
なんと僅かなことか。
その雷鳴の力強さを誰が悟りえよう。 ヨブ記 26章14節

神が備えていてくださる一本道

ヨブ 27章

わたしがあなたたちに神の手の業を示し
全能者について隠さずに語ろう。 ヨブ記 27章11節

神について隠さずに語ろう

使徒 2章

五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。 使徒言行録 2章1節~2節

天からの叫びが聞こえた

使徒 2章1-13節

すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。 使徒言行録 2章4節

聖霊を信ず

エフェソ 5章21-33節

キリストがそうなさったのは、言葉を伴う水の洗いによって、教会を清めて聖なるものとし、しみやしわやそのたぐいのものは何一つない、聖なる、汚れのない、栄光に輝く教会を御自分の前に立たせるためでした。 エフェソの信徒への手紙 5章26節~27節

聖なる公同の教会

ローマ 12章1-21節

わたしたちは、与えられた恵みによって、それぞれ異なった賜物を持っていますから、預言の賜物を受けていれば、信仰に応じて預言し、奉仕の賜物を受けていれば、奉仕に専念しなさい。 ローマの信徒への手紙 12章6節~7節

聖徒の交わり

コロサイ 1章9-23節

御父は、わたしたちを闇の力から救い出して、その愛する御子の支配下に移してくださいました。わたしたちは、この御子によって、贖い、すなわち罪の赦しを得ているのです。 コロサイの信徒への手紙 1章13節~14節

罪の赦し

1コリント 15章35-58節

死者の復活もこれと同じです。蒔かれるときは朽ちるものでも、朽ちないものに復活し、蒔かれるときは卑しいものでも、輝かしいものに復活し、蒔かれるときには弱いものでも、力強いものに復活するのです。 コリントの信徒への手紙一 15章42節~43節

身体のよみがえり

ヨハネ 3章1-21節

神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。 ヨハネによる福音書 3章16節

永遠の命を信ず

ヨハネ 3章1-17節

イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。 ヨハネによる福音書 3章5節

新たに生まれる

ヨブ 28章

そして、人間に言われた。
「主を畏れ敬うこと、それが知恵
悪を遠ざけること、それが分別。」 ヨブ記 28章28節

知恵はどこに