あさのことば

主の企てはとこしえに立つ

放送日
2021年10月7日(木)
お話し
中山仰(田無教会牧師)

中山仰(田無教会牧師)

メッセージ: 主の企てはとこしえに立つ

 おはようございます。田無教会牧師の中山仰です。
 私の父は2000年2月に91歳で召されました。私には14歳離れた兄がおり、牧師をしておりました。私も牧師になりました。父の葬儀を誰がとり行うかでもめていたかもしれません。しかし、兄はパーキンソン病を患っていて、父より一か月前に64歳で天に召されました。自然と父の葬儀は私がせざるを得ませんでした。もし葬儀を誰が執り行うかで兄と争ったりしていたら父が一番悲しがったことでしょう。

 話のスケールは違うのですが、聖書の舞台はイスラエルという国を中心に回っています。旧約時代のイスラエル国の初代の王はサウルでした。彼は神の前に大きな失敗を犯して王位を失う命運にありました。次の王として、彼の家来であったダビデが指名されます。しかし王の交代は簡単には行きません。サウルはダビデに嫉妬して彼の命を狙い続けます。

 ある時ダビデが隠れている洞窟にサウルは用を足しに入ってきます。無防備ですから殺すチャンスは十分にありました。しかしサウルも神から王とされていましたので、ダビデは手を出すことは決してしませんでした。やがて人々はダビデをイスラエル国の指導者として明確に意思表示し、王として正式に迎えることになります。詩編33編10節から11節には「主は国々の計らいを砕き、諸国の民の企てを挫かれる。主の企てはとこしえに立ち、御心の計らいは代々に続く。」とあります。まさにその通りではないでしょうか。

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