あさのことば

キリスト教は難しい? 1.内容以前に

放送日
2016年11月27日(日)
お話し
野島邦夫(国立聖書教会牧師)

野島邦夫(国立聖書教会牧師)

メッセージ: キリスト教は難しい? 1.内容以前に

 いかがお過ごしでしょうか。国立聖書教会の野島邦夫です。
 「キリスト教は難しい」という声を、よく耳にします。どこが難しいのでしょうか?今週はこの問題を、様々な面から考えます。そして誤解があるなら、それを正しましょう。

 まず今日は、自分自身への戒めもかねて、説教者の問題を考えます。キリスト教を伝える最も大切な場が礼拝説教です。この説教が「難しい」と言われることが少なくありません。それは、「深遠で難しい」という場合も無くはないのですが、たいていは、「日本語が、おかしい、間違ってはいないが曖昧で意味がとれない」からです。

 説教には「公的スピーチ」という面がありますから、身振り手振り、声の抑揚なども無視できません。しかし、これらは二義的なことです。日本語説教は「神のことば」を日本語ということばで解説することですから、この日本語の質が何よりも大切です。

 私たち説教者は、そのことをよく心に留めておかなくてはなりません。「難しい」という不満の声を耳にしたら、謙虚に自分を批判的に見なくてはなりません。説教者は、聖書研究・神学研究に精進しなくてはなりませんが、それと共に、いやその前に、日本語の修練を生涯続けなくてはなりません。
 これはキリスト教のいわば「内容以前」のことですから、ここまでにします。

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