リジョイス聖書日課

イザヤ11章 希望の芽が萌えいでる

聖書日課
2011年1月26日(水)

イザヤ11章 希望の芽が萌えいでる

エッサイの株からひとつの芽が萌えいで
その根からひとつの若枝が育ち
その上に主の霊がとどまる。
知恵と識別の霊
思慮と勇気の霊
主を知り、畏れ敬う霊。(イザヤ11:1-2)

 罪を憂い悲しむ預言者の声は、時代と社会の隔たりを超えて、今日も、私たちのところまで届いています。けれども、不安と失意に怯える世のために、神は常に希望の種を残しておられます。

 「エッサイの株」がそれです。エッサイは、ダビデ王の父です。エッサイという無名の農民の名を用いて、救い主出現の予告を語る。ここに見える希望は、人の願望ではなく神からの希望です。この希望に生きるには、高みを望むのでなく、低い場所に目を注がねばなりません。高慢こそ罪の本質であることを、預言者はあらゆる角度から語り続けてきたはずです。

 希望の若枝は、言うまでもなくメシア・イエスです。主の霊が、メシアの働きを支えていることに、何よりも目を留めましょう。主の霊こそ、世の初めから御国の完成まで、救いの歴史全体を包み、それを満たしている恵みです。このメシアに結びつくとき、私たちも主の霊に支えられて、知恵と勇気の種を育てることができるのです。

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