4月21日(火) ヨブ24章
なぜ、全能者のもとには
さまざまな時が蓄えられていないのか。
なぜ、神を愛する者が
神の日を見ることができないのか。
日本聖書協会『聖書 新共同訳』ヨブ記 24章1節
ヨブは心にある葛藤を述べています。「なぜ、神を愛する者が、神の日を見ることができないのか。人は地境を移し、家畜の群れを奪って自分のものとし、みなしごのろばを連れ去り、やもめの牛を質草に取る」(1~3節)。ヨブは現実の世界で起きている悪人の暴虐的行為を記します。なぜ、そのような者に神は裁きをくだされないのか、と疑問を抱きます。一般的な因果応報説では理解できない現実を目の当たりにし、心のうちの葛藤を語っています。
現代でもこのような現実を目の当たりにするとき、私たちも苦しくなります。なぜ神は悪行を重ねている者に罰をくだされないのか、とヨブに似た思いを抱くことがあります。
しかし、私たちは御言葉をとおして、すべての者が神の裁きの前に出るときが来ることを知っています。
悪行、暴虐が横行している現実の世界のただなかに目を留めるときでさえ、希望を見出せます。なぜなら、世界の各地にキリストの教会が建てられ、悔い改めの福音が宣べ伝えられているからです。そして事実、その働きをとおして、キリストを信じ、人生を大きく変えられている人びとが起こされ続けているからです。そのことに、確かに神は生きて働いておられることを知り、私たちはその事実に確かな希望を見出せるのです。
【祈り】
主の再臨を待ち望みつつ、託された働きに励むことができますように。








