リジョイス聖書日課

マタイ9章9-13節 正しい人ではなく罪人を招くため

放送日
2026年6月7日(日)
お話し
佐野結子(鈴蘭台教会牧師)

6月7日(日) マタイ9章9-13節

「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。…わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」日本聖書協会『聖書 新共同訳』マタイによる福音書 9章12-13節

 主イエスは、収税所に座っているマタイを弟子とされました。マタイは自分の家に主イエスを招き、その食事の席に徴税人や罪人も大勢同席しました。徴税人とは、当時のローマ帝国に協力して、税を徴収する役人でした。時には法外な額を要求して私腹を肥やす者もいました。

 ファリサイ派の人びとから「なぜ、…徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と弟子たちは問われました。

 主イエスは、その問いを引き受けられ、主が喜ぶのは、主を知り、愛することであり、神への見せかけの供え物、いけにえではないと言われます。ファリサイ派の人びとはいけにえや異邦人との交際禁止という形ばかりを追いかけ、神への愛を忘れ、徴税人や罪人たちが神との愛の関係を取り戻すことを喜べません。

 「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である」。丈夫な人、正しい人とは、自分は立派に神の律法を守っていると自己評価する人。病人、罪人とは、自分の力ではどうにもできない、自分の罪を赦してもらいたい、心底、自分の生活を変えてほしいと願う人。その人たちが主イエスの食卓に共に招かれ、憐れみ深い言葉をかけられ、罪赦され、愛の交わりに入れられ、主への愛を表す、神の国の喜びの祝宴にあずかります。

 【祈り】

 自分を正しいとするのでなく、憐れみに罪赦されて、食卓に招かれ、主への愛を表す弟子としてください。

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