8月6日(木) 列王下24章
ユダが主の御前から退けられることは、…マナセの罪のため、彼の行ったすべての事のためであり、…罪のない者の血で満たしたためである。
日本聖書協会『聖書 新共同訳』列王記下 24章3-4節
ヨシヤの改革からすぐのタイミングで、ユダ王国はバビロンの王ネブカドネツァルの侵攻を受けます。ヨヤキムは一度服従しながら再び反逆し、やがてその子ヨヤキンの代に都は完全に包囲されました。王をはじめ、高官・勇士・職人に至るまで一万人を超える人々がバビロンへ連れ去られ、神殿の宝物も王宮の財も根こそぎ奪われました。残されたのは「ただ国の民の中の貧しい者だけ」だったと聖書は淡々と記します(14節)。
この出来事を、聖書は偶然や政治的敗北としては描きません。ユダが主の御前から退けられることは、まさに主の御命令によるのです。マナセが流した罪のない者の血、長年にわたる不従順の積み重ね。その報いが、ヨシヤというすぐれた王の改革を挟みながらも、確実にユダに向かって迫り続けていたのです。人の目には国際情勢の変動に見えても、歴史は神の御言葉の成就として動いていきます。
代わって王となったゼデキヤもまた、主の目に悪とされることを行い、さらにバビロンへの反逆を企てます。歴史の歯車は止まりません。しかしその中でも、神は預言者たちをとおして語り続けておられました。さばきの渦中にあってもなお、言葉を与え続ける神がここにおられます。
【祈り】
主よ、時代の流れの中に、あなたの御言葉の成就を見る目をお与えください。




