
豊田真史(南与力町教会牧師)
メッセージ:神の御心
【高知放送】
【南海放送】
おはようございます。高知市にあります南与力町教会の牧師をしております、豊田真史と申します。教会では、今日もあなたの心と体、日々の生活が守られるようお祈りしております。
さて、今日も聖書のお話から、神様がどのようなお方であるのか、共に考えてみたいと思います。
教会に初めて行きますと、わからないことが多くあります。そのわからないことの一つが、「御心」という言葉です。神様の心のことを、尊敬を込めて、心に「御」という字をつけて「御心」と呼びます。
「御心が行われますように、天におけるように地の上にも。」(マタイ6:10)、このように、イエス・キリストが祈る時にはこう祈ったら良いと弟子たちに教えてくれた「主の祈り」と呼ばれるお祈りにも、この御心という言葉が出てきます。御心がなされますように、よく教会でお祈りされますが、私は、そのお祈りがよくわかりませんでした。
私たちの未来の予想、期待というのは、自分たちの思った通りにならないものです。どれほど学問的な知識を持っていたとしても、あるいは、人生経験が豊かであったとしても、10年後、20年後が自分の思った通りだと思う人は、なかなかいないのではないでしょうか。私たちは、自分の人生でも、よくわからないことが多い。そうであるならば、神の御心を求めるというのは、もっと得体の知れない何かを求めている、そうお感じになるかもしれません。
聖書の創世記という箇所に、「ヨセフ」という人が登場します。この人の物語を通して、「神の御心」について考えてみたいと思います。
このヨセフは、お父さんに特別可愛がられていたので、お兄さんたちと関係がうまくいきませんでした。ヨセフは、お兄さんたちに妬まれたのです。それで、ヨセフをこのまま生かしておくわけにはいかないと言って、ヨセフの兄たちが策略を練りまして、ヨセフを穴に落としてしまう。すると結果的に、ヨセフは奴隷としてエジプトに売られる、そういう物語が、創世記の37章以下に記されています。
ヨセフは、お兄さんたちにひどい仕打ちを受けました。どれほど深い悲しみがあったことでしょう。しかし、ここからが不思議なことですが、いろいろな経緯がありまして、ヨセフは、大国エジプトで大臣になるのです。
一方で、兄たちが暮らす土地は飢饉が訪れまして、食べるものがありません。そこで、エジプトに助けを求めました。そこで、こともあろうことに、あのヨセフとお兄さんたちが再会することになったのです。その場面が、45章であります。そのような経緯がありました。ヨセフの兄たちは、ヨセフにひどい仕打ちを致しました。つき返してもよかったと思います。お前たちなど死んでしまって当然である、と。
でもヨセフは、次のように言ったのです。「わたしをここへ遣わしたのは、あなたたちではなく、神です。神がわたしをファラオの顧問、宮廷全体の主、エジプト全国を治める者として下さったのです。」(創世記45:8)ヨセフは、ここで怒りに燃えるのではなく、兄弟たちを見て、神の導きということを知りました。
本当に悲しいこともあった。そして、ヨセフの心には、その痛みがまだあったことでしょう。けれども、その時に初めて、ヨセフは神の御心を知ったのです。つまり、ヨセフがエジプトで大臣になることにより、自分の家族を後に助けることになった。この神のご計画、神の御旨を、この時ヨセフは知ったのです。
「御心が行われますように」…このお祈りは、このヨセフの物語から考えるならば、何もすべて人間がわかって、理解して祈る祈りではありません。わからないことがあるのです。事実ヨセフは、何十年と神の御心がわからなかったでしょう。どれほど苦しんだことでしょうか。けれども、この神様のご計画を、ヨセフはこの時知らされたのです。
ですから、わたしたちも、「御心が行われますように」と祈る時、すべての神のご計画を理解して祈っているわけではないのです。けれども、はっきりしていることは、神が導いておられるということ。神は必ず、最も良き計画を私たちに持っておられる、そのことを信じて祈るのが、この「御心が行われますように」です。
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