リジョイス聖書日課

ヨハネ10章1-21節 主が私たちを知り、私たちが主を知る幸い

放送日
2026年4月26日(日)
お話し
片岡継(伊丹教会牧師)

4月26日(日) ヨハネ10章1-21節

「わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている。」日本聖書協会『聖書 新共同訳』ヨハネによる福音書 10章14節

 自分のことを「良い」という人と会ったことがあるでしょうか。あからさまにこのように言う人はめったにいないでしょう。主イエスはかつて偽預言者を羊の皮をまとう貪欲な狼にたとえました(マタ7章15節)。それほどに悪は善を装うのでわかりにくいものです。それで主イエスは、その人が良い実を結んでいるか、よく見極める必要があると教えました。

 きょうの箇所で、主イエスは大胆に「わたしは良い羊飼いである」と言われます。驚くべきことに、羊飼いである主イエスが羊である私たちを知っておられるだけでなく、羊である私たちも主イエスを知っている、と言われます。私たちが主イエスを知るとは、私たち自身の業ではなく、主イエスが私たちのことを知っておられる、その神の御業に基づいているということです。それゆえ、「父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである」と言われるほど確かなものなのです。

 私たちはやがて、指の間からこぼれ落ちる砂のように、知っていることを忘れるかもしれません。信じますという言葉も声がかすれて言えなくなるかもしれません。しかし、主が私たちを知っていてくださるという一点において、私たちは深いところで主を知る者とされているのです。

 【祈り】

 主よ。あなたを知るにはこの人生でも足りません。しかし、あなたが知っていてくださいます。感謝します。

全ての番組からランダムに
  1. 何を目安にするのか

  2. 山下先生のQ&A「試練の中に光があるというけれども、その光を光と感じない貧しい心の私です。」(東京都 Tさん)

  3. レビ1章 身代りの犠牲−イエス−

  4. 神の愛と出会う

  5. イエスを誤解して(6)正解は

  6. ガラテヤ4章 神によって立てられた相続人

  7. 預言されていた十字架

  8. コヘレト1章 空しさの発見から神へ

  9. 神を示すお方

  10. 誕生日に