6月3日(水) ヨハネ2章
このぶどう酒がどこから来たのか、水をくんだ召し使いたちは知っていたが、世話役は知らなかったので、花婿を呼んで、言った。日本聖書協会『聖書 新共同訳』ヨハネによる福音書 2章9-10節
主イエスはガリラヤのカナの婚礼で、水をぶどう酒に変える奇跡を行って、その栄光を現されました。婚礼のぶどう酒は、祝宴の喜びが途中で途切れてしまわないように準備されたものです。しかし、何の手違いか、思いがけずそれが途切れてしまいました。婚礼に限らず、人は人生が喜ばしいものになるために労苦します。しかし、思いがけず自分が築いたものが崩れ、どうしてよいか分からずに行き詰まることがあります。喜ばしい思いが尽き、つらい思いばかりがわいてくるときもあります。「ぶどう酒がなくなりました」と言うほかないときがあるのです(3節)。
しかし主イエスは、水を良いぶどう酒に変えられたように、私たちの人生を、尽きることのない喜びの人生へと変えてくださいます。復活の主イエスに結ばれた人生は、罪を赦され、死から復活の命へと救われた人生です。復活の主が共にいてくださり、道を備えて歩かせてくださいます。人が造った喜びが尽きるときにも、主イエスが用意してくださった救いの喜びが尽きることはありません。
水をくんだ召使いたちは、ぶどう酒がどこから来たのか知っていました。私たちも知っています。救いは主イエス・キリストから来ることを。
【祈り】
疲れを覚えるときこそ、尽きることのないあなたの恵みに生かされていることを思い起こさせてください。









