あさのことば

なぜ苦しみが

放送日
2015年3月16日(月)
お話し
杉山昌樹(新座志木教会牧師)

杉山昌樹(新座志木教会牧師)

メッセージ: なぜ苦しみが

 いかがお過ごしですか。新座志木教会の杉山昌樹です。
 今年は四月五日が主イエスのご復活をお祝いするイースターです。その三日前が受難日となります。

 ところで、主イエスはご自身が十字架につけられますことを、弟子たちにあらかじめ話しておられました。それも、大勢の人たちから離れて弟子たちに特に教えようとされたことがありました。
 ある時「人の子は、人々の手に引き渡され、殺される。殺されて三日の後に復活する」と言われたのでした。

 そして、このことを聞きましたときに、弟子たちには、二つの事が起こりました。一つは、このお話が全く分からない、ということでした。もう一つは、それにもかかわらず、このことがとても怖く思えたという事でした。それは、ある意味では当然でした。なぜなら、自分たちが師匠として慕っていて、なおかつ、世を救う方だと信じていた主イエスから、ご自身の死の話を聞かされてしまったからです。それは、弟子たちにはまったく考えられないこと、あってはならないことでした。そして人は、考えたくないことからは目を背けようとします。

 しかし、ここにこそ、すなわち、弟子たちが拒んでしまったこと、なぜ、主イエスが十字架にかかって、死ななければならなかったのかを考えることにこそ、私たちがどのような者であるのかを知る手がかりがあります。
 私たちは、このような犠牲の必要を理解できないほど神様から離れているゆえに、逆説的ですが十字架が必要だったのです。

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