あさのことば

キリストの十字架(4)真の大祭司

放送日
2012年6月14日(木)
お話し
野島邦夫(国立聖書教会牧師)

野島邦夫(国立聖書教会牧師)

メッセージ: キリストの十字架(4)真の大祭司

 いかがお過ごしでしょうか、国立聖書教会の野島邦夫です。
 今週のテーマは、イエス・キリストの十字架の死の意味です。イエスは紀元30年ごろ、罪は無かったにもかかわらず十字架刑に処せられました。なぜ、イエスの十字架の死は人を救うことができるのでしょうか?しかも、当時の人たちだけではなく、わたしたちをも。

 様々な側面があります。今日は旧約時代の大祭司に照らして考えます。当時、神を礼拝するため神殿がありました。そこで働くことは一般のイスラエル人にはできませんでした。神の定めによって祭司と呼ばれる人々だけが働くことができ、その長が大祭司です。大祭司の最も大切な務めは、イスラエルの人々の代表として、彼らの罪の赦しを神に訴えて執り成すことです。大祭司の執り成しは神に受け入れられました。なぜでしょうか。大祭司自身の訴えに神を説得する力があったのでしょうか。そのような力のある人は存在しません。

 では、大祭司は罪の無い聖人だったからでしょうか。いえ彼らも罪人であり、儀式ではまず彼ら自身の罪の清めの儀式が必要でした。彼ら自身に力があったからではなくて、神がそう定められましたからこそ、その執り成しは神に聴かれました。それは、罪の無い、神と人との間に実際立って、人の罪の赦しを執り成すことができるお方、やがて来られる真の大祭司イエス・キリストを教えるためです。

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