あさのことば

キリストの十字架(3)真の捧げ物

放送日
2012年6月13日(水)
お話し
野島邦夫(国立聖書教会牧師)

野島邦夫(国立聖書教会牧師)

メッセージ: キリストの十字架(3)真の捧げ物

 いかがお過ごしでしょうか、国立聖書教会の野島邦夫です。
 今週のテーマは、イエス・キリストの十字架の死の意味です。イエスは紀元30年ごろ、罪が無かったにもかかわらず十字架刑に処せられました。なぜ、イエスの十字架の死は人を救うことができるのでしょうか?しかも、当時の人たちだけではなく、わたしたちをも。

 様々な側面があります。今日は旧約聖書に出てくる捧げ物との関係で考えます。様々な種類の、様々な目的の捧げ物が、旧約時代にありました。例えばレビ記16章に「贖罪日の捧げ物」が出てきます。神の定めとして毎年1度、第7の月の10日・「贖罪日」に、大祭司は全イスラエルの1年間の神に対する罪の埋め合わせをするために、至聖所に入って「罪の贖いの儀式」を行わなくてはなりませんでした。その際用いられるのが「贖罪の捧げ物」です。それは雄山羊です。儀式の中心は、大祭司が雄山羊の頭に手を置いてイスラエルのすべての罪を告白し、その後この雄山羊を野に放つ、これによってイスラエルの1年間の罪が清算されました。

 しかし、考えてみましょう。雄山羊それ自体が罪を打ち消す力を持っているでしょうか。神の定めだからこそその力があるのです。キリストの死こそただ一つそれ自体で罪を打ち消すものです。旧約の捧げ物は、真の捧げ物イエス・キリストを教えるためのものです。

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