
杉山昌樹(上福岡教会牧師)
メッセージ:復活とは
いかがお過ごしですか。上福岡教会の杉山です。
聖書を読みますと、イエスが、既に埋葬のすんだ墓の蓋を取り除くように命令し、「出て来なさい」と呼びかけ、死んでいたはずの人が墓から出てくる様子を描いた箇所があります(ヨハネ11:17-44参照)。
「死んでいた人が生き返る」…これは、私たちの常識によっては理解できないことです。しかし、この出来事が目指しているのは、まさに、常識が打ち破られることです。私たちは、人は死んだら終わり、と信じ切っています。そして、このような見方は、ただ現代に生きる私たちだけではなく、昔の人たち、イエスの友であった人たちにとっても同じでした。
この時、死んだ人とは、イエスの友人のラザロでした。彼には二人の姉妹がいました。一人はマルタ、もう一人はマリアです。二人とも、イエスを神から遣わされた人だと信じていましたし、当時のユダヤ人の多くがそうであったように、人はやがて復活することをも信じていました。そればかりか、イエスの祈りは神に聞かれる、と確信していました。
ところが、その二人がいずれも、兄弟ラザロが死んだときに、イエスに恨み言を言っています。「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。」(ヨハネ11:21)奇跡の癒しがあれば死なないで済んだだろう、けれども死んでしまった、だから手遅れだ、と言うのです。
ここではっきりとしますのは、イエスを信じていたはずの二人であっても、死の事実を変えることはできない、と考えていることです。しかしイエスは、二人の目の前で、「ラザロ、出て来なさい」(ヨハネ11:43)と命令することで、この常識を打ち壊しているのです。
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