あさのことば

自由になるとは

放送日
2016年6月9日(木)
お話し
杉山昌樹(新座志木教会牧師)

杉山昌樹(新座志木教会牧師)

メッセージ: 自由になるとは

 いかがお過ごしですか。新座志木教会の杉山です。
 私たちは、普段何気ない日常を送っていながら、もっと違う生き方ができないのか、と空想することがあるのではないでしょうか。もし、あの時、あのようにしていれば、あるいはいなければ、もっと自由に生きられたのではないか、と言うようにです。

 そして今現在の自分の境遇は不自由だ、あるいは、そこまでは言わなくても、わくわくするようなことがない、もっと心が解放されるようなことがないだろうかと考え、様々なことに手を出しているのかもしれません。
 レジャーや趣味や、買い物や、お酒や、その他もろもろです。しかし、戻っていくのはいつもの現実です。

 ところで、主イエスはある時に、旧約聖書の「囚われている人に開放を、圧迫されている人に自由を」という箇所を読んで説教をされました。その中で、「この聖書の言葉は、今日、あなた方が耳にした時に実現した」と言われました。
 これを聞いた人たちは最初は喜んだのですが、主イエスが、この自由と解放は、あなたたちよりも他の人たちの上に先に実現するかもしれない、と言われたことに、大変腹を立ててしまい、ついに、主イエスを殺そうとまでします。

 しかし、そこで考えたいことがあります。このようにして「あなたたちではない」と言われて腹を立てる心は自由なのでしょうか。むしろ、主イエスは、そのように「我」にあまりにも囚われている心に、自由をもたらすために来られたのではないでしょうか。

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