リジョイス聖書日課

列王上9章 主が臨まれる神殿

聖書日課
2021年6月30日(水)

列王上9章 主が臨まれる神殿

  

「わたしはあなたが建てたこの神殿を聖別し、そこにわたしの名をとこしえに置く。わたしは絶えずこれに目を向け、心を寄せる。」(列王上9:3)

 神殿建築を終えたソロモンに主の言葉が臨み、神殿の意味が再確認されます。神殿とは「主の名」が置かれるところです。ソロモン自身、「天の天もあなたをお納めすることができません」と述べていました(8章27節)。けれども、このとき、主ご自身が神殿に臨在してくださることを宣言してくださいました。それゆえに神殿には主の目が注がれ、主の心が寄せられます。

 神殿は、ティルスの王の提供もあり(11節)、全体が金で覆われていました(6章22節)。黄金の神殿に主が臨在なさるとは、いかにもふさわしく美しいものだと思わされます。

 私たちの内には、神にふさわしく美しい金のようなものはどこにも見当たりません。けれども聖書は、罪人である私たち一人ひとりが神殿であると告げています(1コリ6章19節)。聖霊の御業が、私たちを金にまさるイエス・キリストに結びつけてくださるからです。神は、信仰によって私たち一人ひとりを神殿としてくださいます。

 イエス・キリストと結ばれている主の神殿には、きょうも主の目が注がれています。主の心が寄せられています。

全ての番組からランダムに
  1. 礼拝のただ中にいるイエス

  2. 天国に行ったらやってみたい

  3. 詩編5編 神を仰ぎ望む

  4. 2テモテ2章 貴いことに用いられる器

  5. 服の継ぎ当てのたとえ

  6. エフェソ4章 人間の回復

  7. 「もはや我生くるにあらず(ガラテヤ2:20)」(「伝道者・牧師 榊原康夫:資料で見る人と思想」福井召一著)ジョイクリゲスト:福井召一(東京恩寵教会引退長老)

  8. 神の国と幼子(マルコ10:14-15)

  9. ルカ23-24章 わたしの前に差し出される十字架

  10. 黙示録8章 祈りは最優先事項