あさのことば

祈りが聞かれるには 2

放送日
2013年5月2日(木)
お話し
立石章三(横浜中央教会牧師)

立石章三(横浜中央教会牧師)

メッセージ: 祈りが聞かれるには 2

 お元気ですか。横浜中央教会の立石です。

 キリスト教の祈りとは、お経のように、ある文章があってそれを唱えるというのではなく、自分の言葉で神様に呼びかけます。神社では玄関のひもにつけてある鈴をジャランジャランと鳴らしますね。あれは鈴の音によって、その場を浄化するという意味があるそうですが、さあこれから祈るぞという自分自身への言い聞かせでもありますね。元々は、神様、わたしの祈りをちゃんと聞いてくださいね、という呼びかけ、催促なのです。そして祈りの中身は一方的に、あれをしてください、これをしてくださいという願いだけですね。

 聖書が教える祈りは、人格者である神様への祈りです。わたしをこの世に生み出し、わたしのすべてを知っておられる、つまりわたしの汚れた心もわたしの罪も、すべてを知っておられる方への呼びかけです。ですから祈りには必ず罪の悔い改め、神様への感謝がなければなりません。

 人間同士の付き合いでも、何かを頼む時は、日頃のご無沙汰をお詫びし、相手のご機嫌を伺い、それから何々してほしいのですが、と頼むではありませんか。それなら神様に何かを願うなら、日頃神様にちっとも感謝していないことを謝り、神様にいつも守られ今日も生きていることを感謝した上で、自分の願いを謙虚に差し出すのでなければなりません。祈る時に多くの人々が犯す間違いがあります。それは願いの解決方法まで加えて祈ることです。「神様あの学校に入れますように」「これだけのお金が入りますように」「何歳までに結婚できますように」。こんな祈りは自分で処方箋を書いて神様につきつけているのです。神様には神様のご都合と計画がある。それで結構ですと、神様の前にへりくだらなければなりません。

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