あさのことば

罪とは「神のようになる」ことである

放送日
2011年1月28日(金)
お話し
野島邦夫(国立聖書教会牧師)

野島邦夫(国立聖書教会牧師)

メッセージ: 罪とは「神のようになる」ことである

 いかがお過ごしでしょうか、国立聖書教会の野島邦夫です。
 キリスト教の中心メッセージは「救い」です。何からの救いでしょうか。罪からの救いです。それでは罪とは何でしょうか。さまざまに言い表すことができます。今日は、罪を「人と神の位置」という観点から考えてみます。

 「お前はケモノのような奴だ」というセリフを、映画の中で聞くことがあります。人は理性も道徳心もある動物より上の存在ですから、これは堕落した人間を罵る言葉です。

 そんなことも関係しているのでしょう、キリスト教で言う「罪人」を「ケモノのところまで堕ちた人間」と誤解する人がいます。そうではありません、むしろ逆です。旧約聖書のの創世記に、神に創造された人間が罪を犯して罪人になるシーンが出てきます。罪を犯す前後で何が変わったのか。人が下に落ちてケモノの様になったのではなく、逆にいわば上に登って神のようになったのです。これが罪人です。
 その後、人は自分を中心に置き、神を無視して、神の考えでなく自分の考えに従って生きるようになり、今の私たちにも「同じ血」が流れています。これは決して善いことではありません。絶対的な善悪の基準は無いということですから。私たちの欲求を押し留めるものは無いということですから。

 欲求と言っても悪い意味の欲望だけでなく、例えば「知識欲」。そのおかげで社会は進歩しました。同時に、原爆をはじめ「行き過ぎ」が目につくようになりました。しかし人には知識欲を完全に制御する力が無いように見えます。

 キリスト教の救いとは、イエス・キリストによって人が本来の人の位置に戻ることです。

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