ポンテオ・ピラトのもとに | マルコによる福音書 15章1-15節

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マルコによる福音書 15章1-15節

ピラトは言った。「いったいどんな悪事を働いたというのか。」群衆はますます激しく、「十字架につけろ」と叫び立てた。ピラトは群衆を満足させようと思って、バラバを釈放した。そして、イエスを鞭打ってから、十字架につけるために引き渡した。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 マルコによる福音書 15書14節~15節

ポンテオ・ピラトのもとに

使徒信条には、母マリアに続き、もう一人の人物の名前が出てきます。ポンテオ・ピラトです。ローマ帝国の地方総督としてユダヤの地を治めていた人物です。その名が記されることによって、イエスが時代も場所も特定できる歴史上の確かな人物として生きられたということが分かります。そして、このピラトこそ、イエスの十字架刑の決定を下した責任者です。

ただし、ピラト一人に責任があったということではありません。そこにはユダヤの指導者たちや群衆たちもいました。ピラトは「群衆を満足させようと思って」イエスを十字架につけたのです。そのピラトや群衆たちの姿の中に、私たちは自分自身の罪人としての姿を見るのです。

ピラトは、イエスには「何の罪も見いだせない」と宣言していました(ルカ23章4節)。そうでありながら、地上の法廷は、罪のない神の御子を裁きました。しかし、それは、御子が身代わりとなって罪人を無罪とする神の法廷でもありました。私たちも、自らの罪を認めてこの法廷に立ちます。そのとき神は私たちに罪を見出さず、無罪としてくださるのです。

石原 知弘(東京恩寵教会)