主イエスは我らのただ中に | ヨハネの黙示録 1章

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ヨハネの黙示録 1章

ある主の日のこと、…後ろの方でラッパのように響く大声を聞いた。
わたしは、語りかける声の主を見ようとして振り向いた。振り向くと、七つの金の燭台が見え、燭台の中央には、人の子のような方がおり、足まで届く衣を着て、胸には金の帯を締めておられた。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 ヨハネの黙示録 1章10節、12節~13節

主イエスは我らのただ中に

ヨハネの黙示録は、一世紀末、キリストからヨハネに与えられた啓示(「黙示」という言葉は「啓示」とも訳せる)です。激しい迫害下にあったアジアにある七つの教会へ、この啓示が書き送られました。今、降り注ぐ迫害は厳しいけれども、やがて終わり、キリストが最後の勝利を得てくださるという、希望の信仰に堅く立つことを勧める書です。

ヨハネは、礼拝をささげているとき、七つの教会を表す燭台と、その明かりを灯された方、主イエス・キリストが、燭台の真ん中に立っておられるのを見ました。主は、足まで届く衣を着て胸高に帯を締めた大祭司の服装をしておられました。

主イエスは、サウロが主の弟子たちを殺そうと追う中、彼に「なぜ、わたしを迫害するのか」と問い、弟子への迫害を自分の事として受け止めてくださいました。黙示録では、大祭司の装いで教会のただ中に立ち、苦しむ人びとと共に居てくださるお姿に、ヨハネや七つの教会の人びとは、どれほど励まされ、希望を与えられたかと思います。その主が、今、さまざまな困難に喘ぐ私たちのただ中にも居てくださるのです。

田中 茂樹