リジョイス聖書日課 2016年3月

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2016年3月の聖書日課

申命記 31章

「強く、また雄々しくあれ。恐れてはならない。彼らのゆえにうろたえてはならない。あなたの神、主は、あなたと共に歩まれる。あなたを見放すことも、見捨てられることもない。」
申命記 31章6節

主があなたと共に

「強く、また雄々しくあれ」と主がヨシュアにおっしゃった場面、と聞くと、モーセ亡き後のヨシュア記冒頭を思い起こされる方もあるでしょう。その前の申命記にも、ヨルダン川を渡れないと知ったモーセを通して主が…

申命記 32章

主は荒れ野で彼を見いだし
獣のほえる不毛の地でこれを見つけ
これを囲い、いたわり
御自分のひとみのように守られた。 申命記 32章10節

愛が深いからこそ

「新約に比べ旧約の神には愛を感じにくい」と言われるのに対し、旧約でも神の愛がよく示される一例として、10節が紹介されることがあります。ただその後にはイスラエルに対する主の厳しい言葉が続きます。主の愛と…

テトス 3章

こうしてわたしたちは、キリストの恵みによって義とされ、希望どおり永遠の命を受け継ぐ者とされたのです。
…神を信じるようになった人々が、良い行いに励もうと心がけるようになります。これらは良いことであり、人々に有益です。 テトスへの手紙 3章7節~8節

キリストの恵みによって

3章でパウロは、正しい信仰とともに、正しい生活を強調しています。パウロは「わたしたち自身もかつては、無分別で、不従順で、道に迷い、種々の情欲と快楽のとりことなり、悪意とねたみを抱いて暮らし」ていたと語…

ルカ 14章

「確かに塩は良いものだ。だが、塩も塩気がなくなれば、その塩は何によって味が付けられようか。畑にも肥料にも、役立たず、外に投げ捨てられるだけだ。聞く耳のある者は聞きなさい。」
ルカによる福音書 14章34節~35節

塩気を保ってこそ

主イエスの教えは、家族や自分の命を憎み、自分の十字架を背負ってついて来なければ、弟子ではありえないという厳しいものです。これは、一緒について来た大勢の群衆に語られたもので(25節)、物見遊山でついてい…

ルカ 15章

ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。 ルカによる福音書 15章20節

愛はじっとできない

放蕩息子の父親は、まだ遠くにいる息子を見つけて走り出しました。着物の裾をまくって走る姿は父親の威厳をそこないます。それでも彼は走るのです。そして汚い身なりの息子を抱きしめ接吻する。これは二人の関係の…

詩編 128編

いかに幸いなことか
主を畏れ、主の道に歩む人よ。
あなたの手が労して得たものはすべて
あなたの食べ物となる。
あなたはいかに幸いなことか
いかに恵まれていることか。 詩編 128編1節~2節

祝福された生活

「イスラエルに平和」という言葉で結ばれる詩編です。その平和の中身としてこの詩編が挙げるのは、「あなたの手が労して得たものはすべてあなたの食べ物となる」ことであり、「妻」であり、「食卓を囲む子ら」です…

申命記 33章

あなたは民らを慈しみ
すべての聖なる者をあなたの御手におかれる。
彼らはあなたの足もとにひれ伏し
あなたの御告げを受ける。 申命記 33章3節

主はなお民を慈しむ

約束の地カナンを前に、主はイスラエルに、時に厳しく語りかけてきました。しかしその締めくくりに、主はモーセを通して祝福の言葉を与えます。主の聖なる民としてイスラエルを慈しむことこそ主の御心の大本なので…

申命記 34章

イスラエルには、再びモーセのような預言者は現れなかった。
申命記 34章10節

主の約束を待ち臨む

イスラエルを率いた偉大な指導者モーセは、カナン到着を前にして天に召されます。申命記は「イスラエルには、再びモーセのような預言者は現れなかった」という賛辞を贈ります。ただ、申命記を通読してきた者からす…

ヨブ 1章

主はサタンに言われた。
「お前はわたしの僕ヨブに気づいたか。地上に彼ほどの者はいまい。無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きている。」 ヨブ記 1章8節

ある日、天上の集会で

天上において交わる神と御使いとサタンの集会。そこから二つの視線が一人の男に注がれます。その視線の衝突にこの物語の幕はあきます。 ヨブという男。彼はまっすぐに神を畏れ生きてきた人でした。神はそのヨブを温…

ルカ 16章

「あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」 ルカによる福音書 16章13節

貪欲は偶像礼拝にほかならない

ある金持ちと、ラザロというできものだらけの貧乏人がいました。金持ちは贅沢に暮らし、そして死んで立派な葬儀をしてもらいました。他方、ラザロはいつも腹ぺこで、ついに死んでも葬儀はありませんでした。しかし…

ルカ 17章

「稲妻がひらめいて、大空の端から端へと輝くように、人の子もその日に現れるからである。しかし、人の子はまず必ず、多くの苦しみを受け、今の時代の者たちから排斥されることになっている。」
ルカによる福音書 17章24節~25節

キリストに向かって走る

3・11の地震から5年たちました。町の復旧もままなりませんが、それ以上に、心に受けた深い傷はなかなか癒されません。神からの慰めを心から祈ります。 災害には備えが必要です。なおのこと世の終わりには備えが必要…

ルカ 18章

「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」これを聞いた人々が、「それでは、だれが救われるのだろうか」と言うと、イエスは、「人間にはできないことも、神にはできる」と言われた。
ルカによる福音書 18章25節~27節

人間にはできないこと、神にはできること

議員はイエスに「何をすれば」永遠の命を頂けるかと質問をしました。彼は青年だとマタイによる福音書にあります。若くして成功した人でしたが、人生に対してむなしさを抱えていたのでしょう。 イエスは青年の問題を…

詩編 129編

イスラエルは言うがよい。
「わたしが若いときから
彼らはわたしを苦しめ続けたが
わたしが若いときから
彼らはわたしを苦しめ続けたが
彼らはわたしを圧倒できなかった。」 詩編 129編1節~2節

かつての苦しみから

「わたしが若いときから彼らはわたしを苦しめ続けた」ということを二度繰り返してこの詩編は始まります。人生の長い期間にわたって「わたしを苦しめ続けた」もの。そのことに思いを凝らすことでデボーションも深め…

ヨブ 2章

彼の妻は、
「どこまでも無垢でいるのですか。神を呪って、死ぬ方がましでしょう」と言ったが、ヨブは答えた。
「お前まで愚かなことを言うのか。わたしたちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか。」
このようになっても、彼は唇をもって罪を犯すことをしなかった。 ヨブ記 2章9節~10節

不幸も共にいただこう

財産を失い、子たちを失ったヨブ。しかし彼から神へのまっすぐさが失われることはありませんでした。ヨブを信頼した神の正しさも揺らぐことはありませんでした。 しかし、サタンはあきらめません。ヨブの無垢さはま…

ヨブ 3章

なぜ、労苦する者に光を賜り
悩み嘆く者を生かしておかれるのか。
彼らは死を待っているが、死は来ない。
地に埋もれた宝にもまさって
死を探し求めているのに。 ヨブ記 3章20節~21節

苦悩する人間の尊さ

「苦悩のうちにある者は聖なる者である」という言葉に出会ったことがあります。 塵の中にうずくまるヨブのもとにやってきた友人たち。ヨブの悲惨な姿に皆が言葉を失いました。その沈黙を破ったのはヨブでした。「そ…

ヨブ 4章

あなたを疲れさせるだろうが
誰がものを言わずにいられようか。
あなたは多くの人を諭し
力を失った手を強めてきた。
あなたの言葉は倒れる人を起こし
くずおれる膝に力を与えたものだった。
だが、そのあなたの上に何事かふりかかると
あなたは弱ってしまう。
それがあなたの身に及ぶと、おびえる。 ヨブ記 4章2節~5節

苦悩する友の傍らで

「ひとりの人を理解するまでには、すくなくとも、1トンの塩をいっしょになめなければだめなのよ」(『塩1トンの読書』)。わたしが大切にしている本の一節。塩は一度にたくさんなめることができません。少しずつ味…

ヨブ 5章

わたしなら、神に訴え
神にわたしの問題を任せるだろう。
見よ、幸いなのは
神の懲らしめを受ける人。
全能者の戒めを拒んではならない。
彼は傷つけても、包み
打っても、その御手で癒してくださる。 ヨブ記 5章8節、17節~18節

そうして、言葉は暴力になる

ヨブがなぜ嘆くのか。どうやら友人エリファズは理解したようです。それは、神を見失い、神の御業にゆだねることを忘れているからだ、と。 そこで、エリファズは、神の偉大さと、その御業の憐れみ深さとについて、そ…

ルカ 19章

「主人は言った。『良い僕だ。よくやった。お前はごく小さな事に忠実だったから、十の町の支配権を授けよう。』」 ルカによる福音書 19章17節

賜物を隠さないで

ムナのたとえでは、違う生き方をした人たちが出てきます。主人に忠実でなかった僕は、預った1ムナを布に包んでしまいこみ、主人が命じたように商売をしませんでした。他方、忠実な僕たちは商売をして、それぞれ10ム…

ルカ 20章

イエスは言われた。「それならば、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」
ルカによる福音書 20章25節

神の御前を生きる

私たちは急に決断を迫られ、一気にその後の進退が決まるようなことに直面するときがあります。主イエスのもとに「正しい人を装う回し者」が現れます。彼らは主イエスの揚げ足を取るため、熟慮を重ねた抜け道のない…

詩編 130編

わたしは主に望みをおき
わたしの魂は望みをおき
御言葉を待ち望みます。
わたしの魂は主を待ち望みます
見張りが朝を待つにもまして
見張りが朝を待つにもまして。 詩編 130編5節~6節

罪の赦しを求めて

「深い淵の底から」嘆き祈り「主に望みをおく」という祈りは、さまざまな試練にあるとき私たち誰にとっても身近な祈りです。そして「主に望みをおく」ということは、「御言葉を待ち望む」こととひとつです。きょう…

ヨブ 6章

絶望している者にこそ
友は忠実であるべきだ。
さもないと
全能者への畏敬を失わせることになる。
わたしの兄弟は流れのようにわたしを欺く。
流れが去った後の川床のように。
今や、あなたたちもそのようになった。
破滅を見て、恐れている。 ヨブ記 6章14節~15節、21節

愛には恐れがない

友人エリファズの励ましは、「絶望している者」という自覚をヨブに与えました。 ヨブの苦悩は深まります。しかし、その深まりがヨブの感覚を鋭敏にもしました。ヨブはエリファズが語る神の正しさの羅列に「欺き」が…

ヨブ 7章

人間とは何なのか。
なぜあなたはこれを大いなるものとし
これに心を向けられるのか。なぜ、わたしに狙いを定められるのですか。なぜ、わたしを負担とされるのですか。なぜ、わたしの罪を赦さず悪を取り除いてくださらないのですか。 ヨブ記 7章17節、20節~21節

無垢な願い

わたしの目にあなたは価高い(イザ43章4節)。神が、私たちを愛し、大切な存在として見つめていてくださることに勇気を抱きます。 しかし、ヨブは苦悩の中で、神がそういうふうに人間を大いなるものとして見つめ、…

ヨブ 8章

シュア人ビルダドは話し始めた。
いつまで、そんなことを言っているのか。
あなたの口の言葉は激しい風のようだ。
神が裁きを曲げられるだろうか。
全能者が正義を曲げられるだろうか。
あなたの子らが
神に対して過ちを犯したからこそ
彼らをその罪の手にゆだねられたのだ。 ヨブ記 8章1節~4節

大きな深淵

「人間そのものが大きな深淵である」(『告白』)。教父アウグスティヌスの言葉です。 ヨブと友人たちの神を巡る溝は大きく深くなっていきました。そのことに苛立ちを隠せない二人目の友人ビルダド。彼には頑強な信…

ルカ 21章

「このようなことが起こり始めたら、身を起こして頭を上げなさい。あなたがたの解放の時が近いからだ。
あなたがたは、起ころうとしているこれらすべてのことから逃れて、人の子の前に立つことができるように、いつも目を覚まして祈りなさい。」 ルカによる福音書 21章28節、36節

終わりを見つめて祈る

自分の将来への思い煩いや、社会に対する絶望など、足下を崩すような不安感が襲ってくる時があると思います。そんな時には何かにすがり、現実から逃げ出したくなります。 しかし主イエスは言われます。「放縦や深酒…

ルカ 22章

「シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」 ルカによる福音書 22章31節~32節

イエスの力強い祈り

主イエスとの最後の食事の後、弟子たちは悪魔から激しい誘惑を受けます。悪魔の目的は、彼らの心をくじき神の任務には到底耐えられない罪人であることを証明することでした。 ペトロはすぐに三度も主イエスを知らな…

ルカ 23章

そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。 ルカによる福音書 23章42節~43節

今ここで始まる命

主イエスの横で十字架につけられた犯罪人の一人は、ここが自分にとって人生の総決算としてふさわしいと思いました。しかしこの男は、主イエスは「悪いことをしていない」と言います。そしてこの男は主イエスがメシ…

ルカ 24章

そしてイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて、言われた。「次のように書いてある。『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。』」 ルカによる福音書 24章45節~46節

命への扉が開かれるとき

復活された主イエスは弟子たちの真ん中に現れます(36節)。弟子たちはどれほど驚いたことでしょう。例えば「明るい暗闇」という表現は矛盾しているように、このとき「喜びのあまりまだ信じられ」なかった(41節)…

ヨブ 9章

このように、人間ともいえないような者だが
わたしはなお、あの方に言い返したい。
わたしの上からあの方の杖を
取り払ってくれるものがあるなら
その時には、あの方の怒りに脅かされることなく
恐れることなくわたしは宣言するだろう
わたしは正当に扱われていない、と。 ヨブ記 9章32節、34節~35節

ヨブが憧れた世界

ヨブは夢見ます。もしも神と相まみえることができたならと。しかしそれが無理な望みであることをヨブはよく知っています。神は果てしなく遠いお方。その神にヨブの声は届かない。神は理不尽に、容赦なく災いを与え…

ヨブ 10章

御手をもってわたしを形づくってくださったのに
あなたはわたしを取り巻くすべてのものをも
わたしをも、呑み込んでしまわれる。
わたしの人生など何ほどのこともないのです。
わたしから離れ去り、立ち直らせてください。 ヨブ記 10章8節、20節

告白を生きる者へ、神は愛ゆえに沈黙する

主は与え、主は奪う」(1章21節)。ヨブは、かつて自身が語ったその告白を深めていきます。告白を生身で経験し、苦しむことを通して。 なぜ、神は、一方で人間を形づくり、命と恵みを約束されながら(12節)、しか…

ヨブ 11章

もし、あなたも正しい方向に思いをはせ
神に向かって手を伸べるなら
また、あなたの手からよこしまなことを遠ざけ
あなたの天幕に不正をとどめないなら
その時こそ
あなたは晴れ晴れと顔を上げ、動ずることなく
恐怖を抱くこともないだろう。 ヨブ記 11章13節~15節

晴れやかな偽り

ヨブが、神に発した、暗くもギリギリの愛の言葉を、3人目の友人ツォファルは、「無駄口」と切り捨てます(3節)。ヨブの苦悩から、彼の耳は、偽善と高慢さしか聞き取れません。彼もまた打ちひしがれるヨブを高みか…

エフェソ 1章

また、わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、どれほど大きなものであるか、悟らせてくださるように。神は、この力をキリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させ、天において御自分の右の座に着かせ、…あらゆる名の上に置かれました。
エフェソの信徒への手紙 1章19節~21節

絶大な神の力

エフェソの信徒への手紙は、教会についての教えがまとまって記されている手紙です。イエス・キリストの使徒パウロは、1章で、キリストにある永遠の選びについて記します。それも神をほめたたえる文脈において記しま…