9月27日(日) マタイ21章23-32節
「兄は『いやです』と答えたが、後で考え直して出かけた。」
日本聖書協会『聖書 新共同訳』マタイによる福音書 21章29節
信仰とは、立派な言葉を並べることではなく、神の御前に立ち帰る歩みそのものです。祭司長や長老たちは、神殿の権威を守ることに腐心し、悔い改めを求める洗礼者ヨハネを拒み、ここでは主イエスを受け入れませんでした。彼らは口では神に従うふりをしながら、心は自己保身に囚われていたのです。
主イエスが語られた二人の息子のたとえでは、最初は「いやです」と言って拒絶した兄が、あとで「考え直して」父の願いに従いました。そのように、かつて過ちや反抗があったとしても、神はいつでも私たちが立ち帰るのを待っておられます。社会から疎まれていた徴税人や娼婦たちが先に神の国に入ると言われるのは、彼らが自らの不信仰を認め、素直に心を入れ替えたからです。
私たちも、日々の生活の中で神に立ち帰るための祈りを大切にしましょう。主が求めておられるのは、体裁を整えることではなく、自分の弱さに気づき、主の愛に信頼して一歩を踏み出す勇気です。悔い改めとは惨めな後悔ではありません。主の招きに応えて、喜びをもって新しく生き直すという希望の決断です。頑なな心を主の前に差し出し、主の望まれる道へと向きを変えましょう。その道の先に、豊かな赦しと大きな恵みのぶどう園が待っているのです。
【祈り】
主よ、悔い改め、考え直して、主の道を歩ませてください。



