あさのことば

まだ罪人であったとき

放送日
2026年7月26日(日)
お話し
小宮山裕一(綱島教会牧師)

小宮山裕一(綱島教会牧師)

メッセージ:まだ罪人であったとき


 おはようございます。横浜市港北区、綱島教会の牧師、小宮山裕一です。
 
 聖書はこう語ります。「わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。」(ローマ5:8)
 
 「わたしたちがまだ罪人であったとき」…聖書はそういうのです。人間は、誰一人として、完全な者はいません。心の中に、人には見せられない暗い部分があります。後悔も、人を傷つけた記憶も、自分を許せない思いも、誰の中にもあります。それを聖書は、「罪」と呼びます。
 
 私たちは、自分の力でこの罪をきれいにすることはできません。どんなに努力しても、根本のところは変わらない。その私たちのために、キリストは十字架にかかられたのです。私たちが整ってから救われたのではない。整わないまま、罪人のままの私たちのために、キリストは身代わりに死なれた。そこに、神様の愛があります。
 
 十字架は、キリストが私たちの罪を引き受けてくださった場所です。本来、私たちが負うべきものを、キリストが代わりに負ってくださった。そのことによって、私たちは、神様と和解する道を与えられました。
 
 この十字架の恵みを、信じる者は受け取ることができます。難しい資格はいりません。「私には必要だ」と認める、ただそれだけです。

 今日もし、あなたが、ご自分の心の奥に消えない何かを抱えておられるなら、どうぞ覚えてください。キリストの十字架は、あなたのために立てられたのです。

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