
久保浩文(松山教会牧師)
メッセージ:人生の方向転換
【高知放送】
【南海放送】
おはようございます。愛媛県松山市にある改革派松山教会の久保浩文です。
私達は、何らかの人間関係、人と人との関わりの中で生きることを求められます。心許せる親しい人と語り合ったりしているときは、楽しくて時が経つのも忘れるほどですが、反対に気が合わない、反りが合わない人といる時は、たとえ短い時間であっても苦痛に感じるものです。そして、仕事ともなれば、気が合う、合わないなどと言ってはいられません。どんな人とでも関わりを持たなければならないのです。
ストレス社会と言われて久しくなりますが、私達が普段感じるストレス、疲れのうちには、肉体的疲れとともに、こういう人間関係からくる精神的な疲れも多いのではないでしょうか。
新型コロナウィルス感染症の流行以降は、直接に人と顔を合わせることなく繋がることが出来る、便利な時代になりました。オンライン会議では、必要な事柄を話し合い、時間が来れば終了です。ある面、時間的なロスも少なくなりましたが、人との繋がりも疎遠になった感じがします。しかし、そのような中にあっても、自分をよく理解し、受け入れてくれる友人が一人でもいると、人生はずいぶん違ってくるのではないでしょうか。
聖書に、「ザアカイ」という人が出てきます。「この人は徴税人の頭で、金持ち」(ルカ19:2)でした。この当時、パレスチナはローマ帝国の支配下にあり、徴税人は、ローマ帝国のために同胞のユダヤ人から税金を徴収していました。
ローマ帝国には決められた額だけを納めればよく、それ以上に集めた額は、徴税人のものになりました。徴税人の多くは、権威を盾に、不正に税を取り立てるので、ユダヤ人からは、「罪人」として見られていました。彼らは、金持ちではあっても、社会的には嫌悪され、孤独と冷たい視線を浴びた人たちでした。
ある時、ザアカイの住むエリコという町に、イエス・キリストがおいでになりました。ザアカイも、興味と関心からか、「イエスがどんな人か見ようとした」(ルカ19:3)のですが、彼は背が低かったので、群衆に遮られて、見ることができませんでした。誰もザアカイのために場所を空けてくれません。誰も同情しません。彼が人と関わりを持つのは、税を取り立てる時だけだったからです。
ザアカイは、そばにあったいちじく桑の木に登って、イエスの到着を待ち構えました。いよいよイエスの姿が見え、近づいてきたと思ったその時です。イエスが上を見上げて、ザアカイに声をかけられたのです。「今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい。」(ルカ19:5)
今までに、こんな風に声をかけられたことなどなかったでしょう。ザアカイの家に泊まりたいなどというユダヤ人は、一人もなかったはずです。一度も会ったこともないイエスからの突然の申し出に、ザアカイは喜び勇んで、イエスを自宅に迎え入れます。ザアカイは、イエスによってはじめて、同胞として、友として受け入れられたのです。
イエスの思いがけない訪問によって、ザアカイの人生は、180度変わりました。これまでの人生の過ちにたいする謝罪と同時に、自分の方から、自分を嫌い、見下していた人々との関係を回復しようとする想いに変えられました。イエス・キリストとの出会いは、彼の人生を希望と喜びに満ちたものに変えました。
イエス・キリストは、この世に生きる私達人間の罪を赦し、救おうとされる神様の愛によって遣わされたお方です。だからこそ、このイエスに出会った人は、人生が変わるのです。あなたのことも、誰よりもよく理解して下さるお方です。ぜひ、イエス・キリストを信じて下さい。「そうすれば、あなたも(あなたの)家族も救われます。」(使徒16:31)
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