あさのことば

罪と十字架 1

放送日
2015年8月9日(日)
お話し
木村香(川越教会牧師)

木村香(川越教会牧師)

メッセージ: 罪と十字架 1

 おはようございます。埼玉県・川越教会の木村香です。

 クリスチャンでない方の十字架についての考え方には、誤解があるように思います。ユダヤの国の青年宗教家、イエスという人物が、2000年前の宗教界に新風を送った。一時は多くの弟子も集まった。しかし自分を神の子としたために、古い宗教家から憎まれて、また弟子の裏切りにもあい、遂に捕らえられて殺されてしまった。それが十字架なんだ。イエスの宗教運動は挫折したけれども、その愛の教えは素晴らしかったので、弟子たちが伝え、世に広まった。言ってみれば、イエスは聖人の一人だ。と、こういう風に思っていらっしゃるのではないでしょうか。

 しかし、もしイエス様がただ単に聖人でしかないのなら、わたしたちを罪と滅びから救うことなどできません。イエス様を救い主と信じるクリスチャンは、まことに哀れな存在だと言わなければなりません。

 十字架につけられたときのイエス様の様子を、聖書はこう書いています。「イエスは、…『成し遂げられた』と言い、頭を垂れて息を引き取られた」(ヨハネ19:30)。
 これは十字架の上での、最期の言葉です。最後の最後に「成し遂げられた」、と言われたのです。こんなはずではなかった、失敗した、というのと全然違います。目的を果たした、わたしの仕事が完成した、という意味です。

 十字架は挫折ではなく、わたしたちの救いが完成した、そういうときなのです。イエス様がわたしたちを愛して身をもって救ってくださったのです。
 イエス様こそキリスト、救い主なのです。

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