3月23日(月) ヨブ9章
あの方とわたしの間を調停してくれる者
仲裁する者がいるなら…
恐れることなくわたしは宣言するだろう
わたしは正当に扱われていない、と。
日本聖書協会『聖書 新共同訳』ヨブ記 9章33、35節
シュア人ビルダドの言葉(8章)、すなわち「潔白な者は神によって苦悩から救い出される」という励ましを聞いても、ヨブには響きません。なぜなら、ヨブは自身を神によって潔白とされた者だと理解していたからです。そんな自分が今なお苦悩しているのは、神の側の何らかの手違いのゆえだろう、とヨブは考えています。
そこでヨブは神に訴え出たい…のではありますが、彼はそのことを諦めてしまいました。仮に自らの正当性を立証できても、神はそれを聞き入れないし、訴え出たヨブが神の前に無傷でいることはない、と考えたからです(20節、4節)。
このままでは、ヨブは泣き寝入りすることになってしまいます。そこでヨブは、神との間に仲裁者がいればなあとつぶやきます。仲裁者がいるならば、ヨブには、神に訴えたいことがあります(30~35節)。
実はこの時のヨブが知らないことですが、人と神との仲裁者は、います。私たちが「キリスト・イエス」として知る、神がお遣わしになった独り子です。(ロマ8章34節参照)。この方のゆえに、私たちは祈りにおいて神と語らうことができます。神は、ヨブの訴えも、私たちの声も、聞いてくださるお方です。
【祈り】
主イエス・キリストのとりなしのゆえに、私たちの祈りが神に聞かれていることを感謝します。









