あさのことば

私は何か

放送日
2016年6月8日(水)
お話し
杉山昌樹(新座志木教会牧師)

杉山昌樹(新座志木教会牧師)

メッセージ: 私は何か

 いかがお過ごしですか。新座志木教会の杉山です。
 聖書の福音書には、主イエスが試みに遭われるというところがあります。その中でも、不思議に思えますのは「荒野の中を、霊によって引き回された」と書かれておりますことです。この霊は、聖霊であるはずで、神様の霊です。
 そもそも、この聖霊が主イエスの上に降りましたときに、「これはわたしの愛する子、私の心にかなうもの」という言葉が天から聞こえたと、別のところに書かれておりまして、なぜその同じ霊が、わざわざ荒野を引き回すのか、よくわからないところです。
 しかし、そこではっきりとしておりますのは、その直後に、主イエスは、悪魔によって誘惑を受けられたということです。それも、「神の子なら」という言い方で、それはなされました。神の子であるのなら、その証拠を見せろ、ということです。

 そして、実は、そのことにおいて、このように言うことが許されるとしますと、あなたは誰なのか、と問われることにおいて、主イエスは、より、主イエスらしくなられたのです。
 神の子としてのあり方がはっきりとしたのです。

 同じように、わたしたちもまた、自分が問われることがあります。こんなはずではと、もがかなければならないことがあります。しかし、それは必ずしも、悪いことではないのかもしれません。なぜなら、わたしたちが、自分自身を問われることは、自分が何ものであるのかを、よりはっきりと知る、そのような時にもなるからです。

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