リジョイス聖書日課

創世記3章 塵に返る者として生きる

放送日
2026年2月18日(水)
お話し
小宮山裕一(綱島教会牧師)

2月18日(水) 創世記3章

「お前は顔に汗を流してパンを得る、土に返るときまで。お前がそこから取られた土に。塵にすぎないお前は塵に返る。」
日本聖書協会『聖書 新共同訳』創世記 3章19節

ルター派の友人が灰の水曜日の礼拝の様子を教えてくれました。礼拝の中で「灰の授与」と呼ばれるものがあり、牧師が信徒の額に灰で十字架の印をつけながら、「あなたは塵であり、塵に返る」(創3章19節)、または「悔い改めて福音を信じなさい」(マコ1章15節)という言葉を唱えるのだそうです。

創世記によれば、神は土の塵で人を造り、命の息を吹き入れられました。人間の本質は塵であり、神の息によって生かされている存在なのです。しかし罪によって、人は再び塵に返る存在となりました。灰の水曜日の灰は、栄光から灰へという人生の移ろいを象徴し、私たちの有限性と罪がもたらした死の現実を思い起こさせます。

それでは、人間は灰のように空しい存在なのでしょうか。決してそうではありません。キリストの救いによって有限な存在である私たちが、無限なる神の愛を受け、神の子とされている恵み。塵である私たちを愛し、ご自身の似姿として造り、永遠の命を与えてくださる神の恵み。栄光から灰で終わらない。灰から命へと向かう。灰の水曜日から始まる四旬節の歩みを通して、塵である私たちを愛し、十字架で救ってくださる神の恵みを深く味わいましょう。

【祈り】

恵み深い神よ、私たちが塵であることを覚え、キリストの恵みに感謝して歩ませてください。

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