リジョイス聖書日課

エゼキエル17章 神以外に頼る者たちの行く末とは

放送日
2025年7月31日(木)
お話し
坂部 勇(厚木教会牧師)

7月31日(木) エゼキエル17章

「主であるわたしが、高い木を低くし、低い木を高くし、また生き生きとした木を枯らし、枯れた木を茂らせることを知るようになる。」
日本聖書協会『聖書 新共同訳』エゼキエル書17章24節

 この箇所で、主はエゼキエルに、ご自身との契約を破ったイスラエルに謎をかけ、たとえを語るように命じています。二羽の大鷲とぶどうの木のたとえです。大鷲とはイスラエルを滅ぼしたバビロンの王ネブカドネツァルとイスラエルが頼みとしたエジプト王ファラオのことで、ぶどうの木はイスラエルの民のことです。

 たとえどちらの大鷲に頼ろうともそれは一時的な平安であり、つかの間の安らぎにすぎないことをエゼキエルは預言するのです。目に見える繁栄、見た目の力強さ、どちらも私たちを引きつけ、頼りがいがあるように見えます。しかし、それは永遠の繁栄や平安につながるのかと主なる神は問われています。

 そして、主なる神は新しい展開として、「高いレバノン杉の梢」について、この杉はイスラエルの高い山に移し植えられると、枝を伸ばし、実をつけ、うっそうとしたレバノン杉となり、鳥が宿り、その枝の陰に住むようになると、永遠の回復と繁栄が預言されています。それらが成就する時、主なる神こそが永遠の繁栄と平安の源であると民が知るのです。

 この箇所から、私たちはどのような人間的な権威にも信頼を置かず、ただ主なる神にのみ信頼すべきであると教えられます。

 【祈り】

 主よ、どうか私たちが脇見することなく、あなたにのみ信頼できるようにしてください。アーメン

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