あさのことば

死は誰にとっても不条理、もちろん神にとっても

放送日
2022年4月18日(月)
お話し
三川共基(松戸小金原教会牧師)

三川共基(松戸小金原教会牧師)

メッセージ: 死は誰にとっても不条理、もちろん神にとっても

 おはようございます。松戸小金原教会の三川です。
 あなたと共にイースターをお祝いすることができ、とても嬉しいです。教会は、イエス・キリストが死から復活したことを信じています。そして、そのイエスを信じる者たちも、同じように死から復活して生きることを信じています。私も、このことを信じて生きています。

 復活について考える時、一緒に「死」についても考えみたいのです。死とは、この世に生きる者である以上、誰もがやがて通る道です。それが自分自身の死ならば、不安や恐れが出てくるのでしょう。それが愛する者の死ならば、悲しみや苦しみを避けては通ることができません。

 死とは、私たちにとっては、あまりに不条理なものです。なぜ、このような苦しみがあるのでしょうか。本当に神がいるならば、この苦しみを遠ざけてくれと叫びたい人も多いのでしょう。

 しかし、ここで心に留めたいことがあります。イエスもまた、友人ラザロの死を前にして、心に憤りを覚え、涙を流したのです。神の子イエスもまた、死を悲しみ、苦しみました。決して、イエスには、死を克服する力がなかったからではありません。神にとっても、神の子イエスにとっても、死は不条理なものだったからです。(ヨハネ11:32-35参照)

 死とは、神がお造りになったものではなく、後に人の罪がこの世に招き入れたものです。神も、イエスも、人が死ぬことを望んではおられません。だからこそ、我が身を犠牲にし、さらに復活することによって、死そのものを打ち破られました。あなたも今、その復活の力の中におかれているのです。

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