リジョイス聖書日課

2コリント5章16-21節 キリストの犠牲を通してなされた和解

聖書日課
2018年10月28日(日)

2コリント5章16-21節 キリストの犠牲を通してなされた和解

「罪と何のかかわりもない方を、神はわたしたちのために罪となさいました。わたしたちはその方によって神の義を得ることができたのです。」(2コリント5:21)

 功績による救いを教えていたカトリック教会に対して、宗教改革者たちは人間の徹底的な無力と全的堕落を認め、信仰のみによる救い、信仰義認を主張し、ただ恩恵のみによる救いを強調しました。救いの絶対的恩恵性の告白は、人間の中にいかなる救いの根拠も求めず、神のみにその根拠を求めるものでした。

 その確信の根拠は、きょうの御言葉にあります。キリストが「罪と何のかかわりもない方」として示されています。神の御子が受肉され、私たちと同じ人間となられ、地上での一切の生活を私たちと同じようにされました。しかし、私たちとは決定的に違う点がありました。罪は犯されなかったのです。神は、その「罪と何のかかわりもない方」を「罪となさいました」。その目的は、「わたしたちのため」です。神が罪のない御子を、私たちの身代わりとして、私たちの罪を背負わせ、罪の刑罰を受けさせられたのは、私たちが「その方によって神の義を得る」ためでした。

 これほど大きな犠牲を払って神は私たちを救ってくださいます。「神と和解させていただ」(20節)かない理由がいったいどこにあるでしょうか。

コントローラ


自動再生されない方はこちらから再生(mp3形式)

全ての番組からランダムに
  1. キリストに祈る

  2. タイトル: 何を食べるか心配するな、とは? T・Hさん

  3. 竹の根っ子の造り主

  4. ダビデの祈り・ソロモンの祈り

  5. 祈り(詩編34:20-21)

  6. 創世記2章 神は、人のために、安息日を聖別された

  7. ダニエル4章 主を知る真の理性

  8. 約束を守る神

  9. 箴言4章 命を得よ

  10. イザヤ24章 裁きを恐れ栄光の神を仰ぐ