リジョイス聖書日課

マルコ1章 神の子キリストなのだから

聖書日課
2016年10月29日(土)

マルコ1章 神の子キリストなのだから

それから、“霊”はイエスを荒れ野に送り出した。イエスは40日間そこにとどまり、サタンから誘惑を受けられた。その間、野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた。(マルコ1:12-13)

 わたしが洗礼を受けたのは高校3年生の時でしたが、不安に思うことがありました。それは、もし昔あったような迫害が起こった時、自分は果して大丈夫だろうかということでした。

 迫害の歴史を振り返ると、文字通りに野獣の餌食とされ殉教した人が大勢います。しかし主イエスを信じて生きる道は、「主は強ければ、われ弱くとも恐れはあらじ」(讃美歌461番)と歌われる幸いな人生です。私たち人間は本当に罪深く弱いもので、誘惑に負け失敗することも多々あります。昔イスラエルの民も荒れ野で何度失敗を繰り返したことでしょうか。しかし主イエスは真に私たちを救うため人となって来られた神の子です。サタンは繰り返し「もし神の子なら」と巧みに誘惑してきましたが、主イエスは即座にきっぱりと神の言葉をもって退け、十字架の死に至るまで御心に従い完全に勝利されました。

 この勝利の王キリストがやがて栄光のうちに御使いたちを従えて来られ、「狼は小羊と共に宿り…」(イザ11章6〜10節)と預言された真に平和に満ちた世界が実現します。

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