あさのことば

受け入れる

放送日
2011年7月19日(火)
お話し
木村香(川越教会牧師)

木村香(川越教会牧師)

メッセージ: 受け入れる

 お変わりないでしょうか、川越教会の木村香です。
 聖書には「汚れた霊」とか「悪霊」とかがよく出てきます。わたしたちは「汚れた霊」と聞くとそれだけで迷信だと言います。でも、聖書は霊の存在をはっきりと教えています。神様は完全で永遠不変、無限の霊であるお方。体はお持ちになりません。不完全で有限ですがわたしたちにも霊はあります。また、悪魔をはじめとする悪霊たちもいます。

 イエス様が教えておられた会堂に悪霊に取り憑かれた男がいました。この男がイエス様を見たとたんにパニックになって叫びました。「イエスよ、我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ」。昨日もお話ししましたが、悪霊でさえイエス様を神の子、神の聖者と知っている、そう叫ばざるを得ない。そういう権威がイエス様にはあるのです。しかしこの男は「我々を滅ぼしに来たのか」とも言っています。イエス様はこの男を救ってくださるのに、滅ぼしに来たと考えます。
 イエス様を神の聖者、救い主と知っている。ここまでは正しいのです。そこに自分の判断が入ると、滅ぼしに来た、と正反対の間違った結論になってしまいます。

 キリスト教というのは言葉の宗教です。神様の御言葉によるお約束です。そのお約束によって来られたイエス様を、悪霊さえおののくお方として受けるのか、反対に捨ててしまうのか。実は神様は無理矢理働かれることはありません。わたしたちを縄で縛って、行きたくない天国に無理に連れて行くようなことはなさらない。できないのです。御言葉を聞いて受け入れ従う人に、平安と命を約束してくださいます。放っておいたらいいや、では決してないのです。

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