あさのことば

注がれる神の愛

放送日
2011年4月1日(金)
お話し
浅野正紀(せんげん台教会牧師)

浅野正紀(せんげん台教会牧師)

メッセージ: 注がれる神の愛

 いかがお過ごしでいらっしゃいますか。せんげん台教会の浅野正紀です。

 聖書が教える希望は、神さまがどんな時も私たちと共にいて、私たちをいつも愛してくださるということにあります。私たちがどんなにみじめで、あわれな状況に陥っても、どんなに苦しい試練にたたされても、私のことを理解してくれる神さまがいつも共にいてくださいます。

 使徒パウロは、自分に与えられた苦難をも誇りにしていること、その苦難の中にあっても、確かな希望があることを語りました。そして、確かな希望を持っている理由として、ローマの信徒への手紙5章5節で、「わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです」と語ります。
 神さまは、聖霊を通して、私たちの内にいつもいてくださいます。そればかりでなく、神さまは、私たちの内にいる聖霊を通して、つきることのない神の愛を私たちにいつも注いでくださいます。

 この神の愛は、イエス・キリストを通して、人々に現わされました。イエス・キリストは、私たちの罪のために身代りとなって、十字架の死を味わって下さいました。私たちが背負いきれない罪をイエス・キリストが身代わりとなって背負い、神さまの前で、その罪の償いをすべてして下さいました。こうして、私たちは、神さまと愛の関係に入ることができました。あなたもイエス・キリストを信じて、神の愛を受けて、神さまと共に人生を歩んでください。

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