深い慈しみをいただいてまた祈りゆく | 詩編 5編

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詩編 5編

わたしは、深い慈しみをいただいて
あなたの家に入り、聖なる宮に向かってひれ伏し
あなたを畏れ敬います。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 詩編 5編8節

深い慈しみをいただいてまた祈りゆく

「主よ、朝ごとに、わたしの声を聞いてください」(4節)。朝、目覚めるたびに、神と隣人とを思う祈りを、私たちは献げ物として神の御前に置きます。一日の始まりを告げる、小さく、静かな、礼拝です。

しかし、その静けさはいつも喧騒にさらされています。一日が物憂げに見えると、また、「悪人」、「欺く者」の顔がちらつくと、祈りは容易に挽きつぶされてしまいます。いや、何を隠そう、自分自身が「誇り高い者」で、祈りを献げる時間と自由を惜しんでいます。何かに、誰かに奪われる前に、自分で手離しています。「聖なる宮」はなんと遠いことか。なんと愚かにも遠ざけていることか。

その者に、しかし、神は、贈り物として、深い慈しみを、主イエス・キリストを与えてくださる、そのような朝があります。聖なる宮に招き入れるようにして、私たちの愚かさを叩き割り、私たちの誇りに勝利してくださる、そのような朝、私たちの心に紡がれる祈りを献げましょう。「主よ、あなたは従う人を祝福し、御旨のままに、盾となってお守りくださいます」、その感謝と喜びとを(13節)。

クリスマスが一日、一日、近づいてきます。主イエス・キリストの祝福が日々、迫ります。その慈しみをこそ誇りに、私たちは立ち上がり歩みます。

【祈り】

愛する御神よ、私たちの祈りは、あなたが与えてくださったものです。なんと深い慈しみでしょうか。

柏木 貴志(岡山教会)