神の恵みはゆるやかな流れ | イザヤ書 8章

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イザヤ書 8章

「この民はゆるやかに流れるシロアの水を拒み

それゆえ、見よ、主は大河の激流を
彼らの上に襲いかからせようとしておられる。」日本聖書協会『聖書 新共同訳』 イザヤ書 8章6節~7節

神の恵みはゆるやかな流れ

「シロアの水」とはエルサレムの近くの泉から引いた水道のことで、神がエルサレムに注いでおられる恵みを指し示しています。シロアの水は、たとえゆるやかな流れであっても、エルサレムの住民の命をしっかりと支えていました。それと同様に、神の恵みも、たとえゆるやかに注がれているかのように思えても、確かにエルサレムの住民の命を支えていたのです。ところが、ゆるやかで静かなものは、とかく目を引くことが少なく、ないがしろにされやすいものです。エルサレムの住民も、この過ちを犯してしまいました。神の恵みが、絶え間なく注がれているというのに、それがゆるやかに注がれているために、当たり前のことと受け止めてしまい、それをないがしろにしてしまいました。それゆえに神は、アッシリアの軍隊を強く水かさの多いユーフラテス川の水のように襲来させ、ご自身の力を示される、と言われます。

私たちも、日々、当たり前のように与えられている神の恵みに気づかず、ぼんやりと過ごしていることが多いのではないでしょうか。気づかないほどにゆるやかに、しかし絶え間なく注がれている神の恵みを決してみくびってはなりません。それにいち早く気づき、感謝する者でありたいと思います。

【祈り】

どうか私たちに、絶え間なく、ゆるやかな仕方で注がれるあなたの恵みに気づかせてください。

吉田 謙(千里摂理教会)