キリストによって自由にされた私たち | コリントの信徒への手紙一 10章23節-11章1節

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コリントの信徒への手紙一 10章23節-11章1節

だから、あなたがたは食べるにしろ飲むにしろ、何をするにしても、すべて神の栄光を現すためにしなさい。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 コリントの信徒への手紙一 10章31節

キリストによって自由にされた私たち

昔、アルバイトでイスラム教徒の人たちと一緒に働いたことがあります。彼らが毎日決まった時間になると洗面所に行って手足を洗い、口をすすいでからお祈りを始める姿に、とても驚かされたことを思い出します。大変なのは彼らの食事の問題です。彼らと一緒にコンビニに行って食べるものを探すのですが、イスラム教のさまざまな規定のために、そこで売っている弁当を彼らは食べることができませんでした。

あるとき親しくしていたパキスタン人の友人と食事をしていたとき、「その食べ物の中に律法違反の食材が入っていたらどうするの」と尋ねてみると、「知らないで食べてしまった場合には罪にはならない」と教えてくれました。

このことを通して改めて考えさせられたことがあります。今日、私たちはキリストによって旧約聖書の細かな食物規定の律法から解放されて何を食べてもよいものとされています。それは決して当たり前のことではないということです。それは、ただキリスト・イエスの十字架の死によって私たちに与えられています。だから感謝をもって食べ、飲むことができます。今日、私たちはキリストによって自由が与えられたことを感謝したいと思います。神の栄光を表すためにこの一日を送っていきましょう。

【祈り】

キリストによって与えられた自由に感謝します。アーメン。

櫻井 良一(東川口教会)