神の都の城壁とは | 詩編 48編

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詩編 48編

城壁に心を向け、城郭に分け入って見よ。
後の代に語り伝えよ
この神は世々限りなくわたしたちの神
死を越えて、わたしたちを導いて行かれる、と。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 詩編 48編14節~15節

神の都の城壁とは

イスラエル周辺の諸民族は考えていました。ずっと北に万年雪で覆われているものすごく高い山があり、雲も突き抜けるその山こそ、神の世界につながる天界の入口だと。

ところが、この詩編の作者は、そうではなくエルサレムこそがそうなのだと言います。エルサレムは、標高は海抜7百メートル強で、周りも同じような高さですから、小山のようにしか見えません。けれども、詩編の作者にとり、真の神の臨在に出会える場所であるのはエルサレムだけです。だからここだけが神の都なのです。集まって来た礼拝者たちは、その城郭や城壁を思うように促されています。

新約の時代に生きている私たちは、構造物にそれほど関心がないかもしれませんが、作者が言いたいことは明白でしょう。神ご自身が守りであり城壁だと意識するように促されます。

城壁の内にいる神の民は「羊」で、弱く傷つきやすいのですが、主に守られている限り、彼らはとても強いのです。真の神ご自身の守りと保護が与えられているからです。主の御守りに囲まれて、きょうの歩みが支えられますように。

高内 義宣(津島教会)