祈りによって誰かと共に | テモテへの手紙一 2章

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テモテへの手紙一 2章

そこで、まず第一に勧めます。願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげなさい。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 テモテへの手紙一 2章1節

祈りによって誰かと共に

「祈るしかないですね」という言葉を聞くことがあります。けれども、本当に祈っているでしょうか。くよくよするだけで、祈らずに終わってしまうことはないでしょうか。祈ることができないのは、ひょっとすると、他人の苦しみを本当に理解し肩代わりすることはできないと思っているからかもしれません。

確かに私たちは、本当の意味で他人の苦しみを理解することはできないでしょう。けれども、わたし自身、祈られていることに助けられたことがあります。祈りには力があります。

祈りにおいて大切なことは、祈っている私たちが中心なのではなく、祈りを聞いてくださる生けるまことの神が中心におられるということです。そのお方は、私たち以上に私たちのことをご存じであり、憐れみ深く配慮してくださるお方です。祈りの力は、決して私たちにあるのではなく、神にあります。

「わたしには祈ることしかできない」、いいえ、むしろ「わたしには祈ることができる!」のです。あなたの執り成しの祈りを待っている人がいるでしょう。私たちは神を信頼して祈ります。

國安 光(園田教会)