
尾崎純(東仙台教会牧師)
メッセージ:気を落とさずに祈る
おはようございます。日本キリスト改革派の東仙台教会で牧師をしております、尾崎純と申します。
「イエスは、気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために、弟子たちにたとえを話された」(ルカ18:1)ことがあります。
私たちが祈ることができなくなってしまうような、気を落としてしまうしかないような現実は、確かにあります。ここでイエスは、たとえ話をして、「執拗に祈る」ということを教えました。それが「不正な裁判官」のたとえで、不正な裁判官であっても執拗に頼めばいつかは訴えを聞き入れてくれる、ということです。
アメリカのプロバスケットボールのリーグ、NBAのスパーズという名門チームのロッカールームには、次のような言葉が掲げられているそうです。「何をやっても無駄に思えるとき、私は石工がハンマーで岩を叩き割るのを見にいく。100回叩いても、岩にはひびがほとんど見られないだろう。ところが101回目に叩いたとき、岩は突然、真っ二つに割れる。岩を割ったのは最後の1打ではない。それまでのすべての打撃である。」
岩は、いつかは必ず割れます。しかしそれは、叩きつづけている限りでです。祈りも、必ず聞かれます。しかしそれは、祈り続けている限りでです。
今週のプレゼント ≫新約聖書・御言葉しおりセット (20名) 【締切】9月11日



