キリストへの時間

アドベントの過ごし方

放送日
2025年12月7日(日)
お話し
唐見敏徳(忠海教会牧師)

唐見敏徳(忠海教会牧師)

メッセージ:アドベントの過ごし方

【高知放送】

【南海放送】

 「キリストへの時間」をお聴きの皆さん、おはようございます。今月の番組を担当します、忠海教会牧師の唐見です。
 
 先週の日曜日から、教会のカレンダーでは、「アドベント」、あるいは「待降節」と呼ばれるシーズンに入っています。アドベントは、「到来」を意味するラテン語に由来します。今からおよそ二千年前、ユダヤのベツレヘムに、救い主イエス・キリストがお生まれになったこと、そして、再びイエスがこの世界に来られることを覚えて過ごす時です。
 
 聖書の中に、イエスが再び来られること、すなわち「再臨」について記している個所がいくつかあります。たとえば、新約聖書に「使徒言行録」という書物があります。その最初の章で、天のみ使いが弟子たちに、次のように語っています。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」(使徒1:11)

 新約聖書の最後の書物は、「ヨハネの黙示録」です。その最後の章で、み使いがヨハネに対して、「見よ、わたしはすぐに来る。わたしは、報いを携えて来て、それぞれの行いに応じて報いる。わたしはアルファであり、オメガである。最初の者にして、最後の者。初めであり、終わりである。」(黙示録22:12-13)と伝えています。
 
 このように聖書は、イエスが再び来られることを教える一方、その時が具体的にいつなのかは記していません。「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。ただ、父だけがご存じである。」(マタイ24:36)とある通り、私たちは、その時を知ることが許されていません。そのかわり、聖書はわたしたちに、いつイエスが来られてもいいように、しっかりと準備して待ちなさい、と教えています。

 聖書に、「十人のおとめのたとえ」と呼ばれるたとえ話があります(マタイ25:1-13参照)。ここに登場する十人のおとめたちは、おそらく結婚を控えた花嫁の友人知人たちです。結婚式に先だって花婿を迎え、花嫁の待つ婚宴の場に連れていく役割が与えられていました。しかし、花婿が来るのが遅れて、おとめたちは皆、眠り込んでしまいます。

 真夜中に花婿がようやく到着して、おとめたちは皆起きて、会場に向かおうとします。しかし、油の用意をしていなかった五人の愚かなおとめたちは、その役割を果たすことができなかった、というお話です。このたとえは、「だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。」(マタイ25:13)という言葉で閉じられます。

 このたとえ話に登場する花婿とは、イエス・キリストのこと、おとめたちとは、わたしたち人間のことです。「目を覚ましていなさい」というのは、「寝ないで、ずっと起きていなさい」ということではありません。そうではなく、その時がいつ来てもいいように、すなわち、イエス・キリストがいつ来られてもいいように、常に準備をしておきなさい、という意味です。
 
 常に備えて怠らない、というのは、言うのは簡単ですけれども、実行するのはなかなか難しいですよね。必ず起こるとわかっていても、いつ起こるかわからなければ、とりあえず今日は起きないだろうと、根拠もなく考えてしまいます。そして、結局すっかり忘れてしまったりします。
 
 アドベント、あるいは待降節は、まさにその時を、つまり、救い主イエス・キリストの「到来」を覚えて過ごす時です。今年も、残すところ一か月を切りました。年末に向けて、いろいろなことがあわただしく過ぎてゆく時かもしれません。しかし、救い主の「到来」を待ち望みつつ、心を落ち着かせて過ごしたいと願います。

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