リジョイス聖書日課

ゼカリヤ3章 しるしとなるべき人々

聖書日課
2020年11月17日(火)

ゼカリヤ3章 しるしとなるべき人々

  

「大祭司ヨシュアよ
あなたの前に座す同僚たちと共に聞け。
あなたたちはしるしとなるべき人々である。」(ゼカリヤ3:8)

 「私たちの教会の先生はいい先生なんだけれど、もう少しこうあってほしい、もう少しあぁあってほしい…」。これは、誰の心にも浮かびうる声なのではないかと思います。もちろん牧師は、少しでも主に喜ばれる働きができるように、自らをよりよく整え、自らの成長のために日々祈らなければならないでしょう。

 けれども一方で、もし私たちが教会でいつも牧師に目を向け、いつも牧師に心を向けていくようになったらどうなるでしょう。その時、教会は希望を失い、力を失っていくでしょう。いつの時代にも牧師自身に希望が存在するのではなく、力が存在するのでもないからです。

 では、私たちの永遠の希望はどこにあるのでしょう。それはいつの時代にも主の内にあるのです。私たちの力の源はどこにあるのでしょう。それはいつの時代にも主の内にあるのです。教会の牧師は弱く、力ないかもしれない。その賜物に不足があるかもしれない。けれども、教会を牧しておられる主には永遠に尽きることのない御力と、恵みが満ち溢れているのです。

全ての番組からランダムに
  1. 申命記13章 心を尽くして主を愛する難しさ

  2. 明日のことまで思い悩むな

  3. 神の摂理による平安

  4. 洗礼者ヨハネのように

  5. 詩編69編 主の苦しみは私たちの救いのため

  6. 詩編68編の祈りに心を合わせて

  7. 列王上14章 神を後ろに捨て去るな

  8. だいすき おとうさん ♪「おおあめのように」

  9. 歴代下22章 良い助言者を得よう

  10. 小さな朗読会88「銀細工人の騒動」(「母と子の聖書」78章)