リジョイス聖書日課

マタイ27章 私たちが見捨てられないために

聖書日課
2020年1月15日(水)

マタイ27章 私たちが見捨てられないために

  

三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。(マタイ27:46)

 主イエスが十字架にかけられたとき、周囲の人びとは、「他人は救ったのに、自分は救えない。…今すぐ十字架から降りるがいい」と言って主を侮辱しました。主イエスは十字架から降りようと思えばそうすることがおできになります。しかし、あえて十字架の苦しみを最後までお受けになり、死んで陰府に降られました。主イエスご自身が、「神に見捨てられる」という苦しみをお受けになったのです。

 私たちは、信仰生活をしていくときに、試練の中でも信仰を貫いていく自分の姿を思い描くことはないでしょうか。しかし私たちも、ペトロがそうであったように、いざとなれば主イエスを否定し、主を捨ててしまう弱さを持ってはいないでしょうか。生まれながらの私たちは、そのままでは神に見捨てられるほかない者です。しかし、主イエスが私たちの身代わりに、「神に見捨てられる」という何よりも悲惨な苦しみを引き受けてくださいました。それが十字架です。主イエスがすべてを引き受け、担ってくださいました。だから、私たちはどんなときにも神に見捨てられることは決してないのです。

全ての番組からランダムに
  1. 人生の秘密が明らかにされるとき

  2. イエスのいやし

  3. 創世記21章 感謝と喜びの笑い

  4. ルカ14章7-14節 神の国のテーブルマナー

  5. 詩編96編 主に向かって新しい歌を

  6. 詩編46編 神は避けどころ

  7. 小さな朗読会137「荒野の中のイスラエル人」(「母と子の聖書旧約上」出エジプト記15-17章)

  8. 道が開かれて

  9. マルコ2章13-22節 罪人が招かれる宴席

  10. 飼い主のいない羊のように(マルコ6:30-34)