あさのことば

霊が与えられる時

放送日
2015年7月1日(水)
お話し
杉山昌樹(新座志木教会牧師)

杉山昌樹(新座志木教会牧師)

メッセージ: 霊が与えられる時

 いかがお過ごしですか。新座志木教会の杉山です。
 新約聖書の使徒言行録には、主イエスの弟子たちに聖霊が与えられるという出来事の様子が記されております。そこで語られておりますことは、一見しますと、荒唐無稽と思われるかもしれないことです。 空から、激しい風が吹いてくるような音が聞こえたり、炎のような舌が現れたり、また、何人もの弟子たちが、部屋から出ていって自分たちが知らないはずの国の言葉で話し始めたり、ということがありました。

 これらの事は当然見ている人たちを驚かせたのですが、そのような人たちの中でも、物事を論理的に考えようとする人は、これは酒に酔っているのだ、といって批判し始めました。弟子たちは以前、そうであったように、この時もまた、まわりの人たちから誤解されてしまいます。

 このような場合、以前の弟子たちであれば黙ってしまったり、逃げ出していたかもしれません。けれども、この時は違いました。かつて、主イエスの裁判の時に、三回も「私はイエスなど知らない」といったペテロは、大きな声を張り上げ、自分たちが見てきたこと、主イエスこそがメシアであり、人を救ってくださる方であることを、語り始めました。それはちょうど、死んでいた人に、命が吹き込まれたようでした。

 キリスト教会で「救い」ですとか「命」と言います時に、それは、哲学的なことを言っているのではありません。そうではなく、救われた者は、この時のペテロのように新しく力強く生き始めることができるのです。

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