あさのことば

詩編の言葉に生かされて(3)

放送日
2014年2月26日(水)
お話し
坂井孝宏(勝田台教会牧師)

坂井孝宏(勝田台教会牧師)

メッセージ: 詩編の言葉に生かされて(3)

 ご機嫌いかがですか、勝田台教会の坂井です。
 わたしの父はクリスチャンではありません。それで、時々こんな風に言ってわたしにいじめてきます。「宗教なんていうのは、結局は弱い人間がすがりついているものだろ」と。わたしはこういう声に、無理に反論しようとはしません。聖書を学べば学ぶほど、確かに父の言うとおりだな、と。わたしたちは本当に弱くて、イエス・キリストの助けにすがりつくしかないのだなと、つくづく思わされるからです。

 わたしの父の声は、そういう「弱さ」を克服できないことを恥とする感覚から出てくるのでしょう。だけども人には、自分の「弱さ」を覚えずにいられない時が必ず訪れます。 面白いことに、聖書の言語においては「弱くなる」と「病気になる」というのは同じ言葉です。きっと昔からたくさんの人が、病気になることで初めて打ち砕かれて、神にすがりつくよりないおのれの根源的な「弱さ」ということを、思い知らされたんだと思います。

 旧約聖書の詩編6編3節にこんな祈りの言葉が残されております。
「主よ、憐れんでください わたしは嘆き悲しんでいます。 主よ、癒してください、わたしの骨は恐れ わたしの魂は恐れおののいています。 主よ、いつまでなのでしょう。」
 人間なんていうのは、自分で自分を治せない、無力な存在なのです。だから昔から、人は神にすがりついてきたのです。

コントローラ


自動再生されない方はこちらから再生(mp3形式)

全ての番組からランダムに
  1. 士師21章 求む、女性を大切に守る王

  2. 賞を得るように走りなさい

  3. 光を受け入れる者

  4. かるおしゃの日~小さな書店での出会い「つきあったら、クリスチャン」

  5. 「豊かな平和」(詩編119:165)

  6. マルコ12章38-44節 だれよりもたくさん入れた人

  7. ルカ24章 これらのことの証人となる

  8. ナホム3章 慰める者はどこに

  9. 元気でなくても大丈夫

  10. 神の国は子供たちのもの