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空が変わった

放送日
2013年1月1日(火)
お話し
熊田 なみ子(スタッフ)

熊田 なみ子(スタッフ)

空が変わった

 新年おめでとうございます。熊田なみ子です。今年もどうぞよろしくお願い致します。
 一年の初め、花の詩人、星野富弘さんの新刊「いのちより大切なもの」(いのちのことば社)より、第2章「あなたに逢ってから」の中からP55−P62にあります「空が変わった」をご紹介致します。

けがをしたのは6月17日、24歳の梅雨の頃でした。梅雨の時期になると今でもその時のことを思い出し、重く暗い気持ちになります。9年という長い入院期間、「あれがなかったら俺の人生は違っていた」と何度も思いました。あの日、生徒たちの前で宙返りをしなければよかった、いや器械体操などしなければよかったのだ、大学の入試に落ちていればよかった、むしろ病弱であればよかった…。

 限りなく過去を遡っては後悔をくり返していました。いっそのこと生まれなければよかった…。来る日も来る日も病室の天井を見ながら思いました。そして、いつもそこに行き着いてしまうのです。それはあまりにみじめなことでした。人間にとっていちばんの苦しみは、「今が苦しい」ということよりも、この苦しみがいつまでも続くのではないかと不安になることです。けがをする前には、これといって大きな夢や希望に燃えていたわけでもなかったのに、私は、あの日を境に夢も希望もすべてをなくしてしまったかのような気持ちになりました。

 私が大けがをしたと聞いて、ある日、大学時代の先輩が駆けつけて来てくれました。そして後で、「ぼくにできることは、これしかありません」と聖書を届けてくれたのです。しばらくそのままにしていた聖書を、ある日思い切って母に開いてもらうと、このことばに出会いました。「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」(新約聖書/マタイの福音書11章28節)

 私が高校二年生の春、家の裏の土手に十字架の墓が建ちました。そこには、「労する者、重荷を負う者、我に来たれ」と書かれていました。家は農家ですから、私はその時、豚小屋から堆肥の入った籠を背負って坂を上がっていました。だからこの時は、「このことばは、俺のように重い荷物を背負った人のことだ」と思いました。でも、どうしてもわからなかったのは、その「我」が誰かということでした。時々その十字架のそばを通っていたのですが、ずっと疑問に思っていました。聖書を開いて、その箇所に出会った時、遠い記憶が呼び覚まされるようでした。ああ、あれはキリストのことばだったのか、と気づいたのです。

 病院では、三浦綾子さんの本を何度も読みました。最初に読んだのは、北海道の鉄道員が主人公の「塩狩峠」という、実話をもとにした小説です。連結器が外れて暴走しはじめた列車を、自分の身体を車輪の下に投げ入れて止め、乗客の命を救った人の話でした。自分の身を犠牲にしてまで、見ず知らずの人の命を救った人。主人公の姿に思いを馳せる中で、遠い昔に同じように人々のために十字架で死んだというキリストが、私にも語りかけてくれているようでした。

 けがをする前の私は、自分の努力で何でもできると信じ、宗教は弱い人が頼るものだと思っていたのですが、「これは、俺の考えている宗教とは全然違う」と思うようになりました。その時の私は、先が見えない日々に疲れきっていたのです。最新の医療でも治せなかった自分の身体。助けてくれる人なんているわけがない。それが正直な気持ちでした。しかし、聖書を読み返しているうちに、重い心の中に、温かい何かが湧いてくるような気がしました。それまで生きてきて、初めて味わう感覚でした。教会が一つもない村で、高校生だった私が、この聖書のことばに出会えたのは不思議なことだと思います。私が神さまをまったく知らない時から、いずれ大きな苦しみに遭う私のために、このことばを用意してくださっていたのだと、深い感動を覚えました。あの時から、空が変わりました。私は独りではなく、空が、神さまが見ていてくれると思うようになったのです。

 満たされた日々の中で、人はなかなか神を感じることはできません。信仰をもった後でさえ、なぜこんなことが起こるのだ、と思うことがたくさんありました。

 でも最近、ほんの少しわかってきたような気がします。神さまが私たちに贈ってくださる幸せのほとんどは、最初からいい顔をして近づいてはこない。むしろ私たちにとって、拒みたくなるような姿でやってくるのだと。私はたまたまこんな大けがをしましたが、だからといって私だけが特に大変というわけではなく、人は皆それぞれ他人にはわからない苦しみや悲しみを抱えています。大切なのは、それをどう受け止めていくかということではないでしょうか。

 確かに、けがをして大変な思いをしました。人にもずいぶん迷惑をかけました。でも、何も起きずに順調に生きている自分を想像すると恐ろしくなります。教師としても、人間としても、何も知ってはいなかったからです。死の淵をさまよい、障害ゆえにできなくなったこともたくさんあります。でもいのちより大切なものに気づくことができた。けがをしたおかげで、この人生ほんの少し得をしたかな…。そう思っています。

 毎日見ていた 空が変った
 涙を流し友が祈ってくれた あの頃
 恐る恐る開いた マタイの福音書
 あの時から 空が 変った
 空が私を 見つめるようになった

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