キリストへの時間

神さまのまなざしの中で

放送日
2010年5月23日(日)
お話し
山村早苗(南与力町教会会員)

山村早苗(南与力町教会会員)

メッセージ: 神さまのまなざしの中で

 おはようございます。南与力町教会の山村早苗です。
 以前、テレビで日本のロボット技術の高さに世界のいろいろな国々が注目していることを知りました。産業、福祉や医療など、私たち人間の代わりに働いてくれるロボットの開発がどんどん進んでいるようです。昔のロボットのイメージといえばまっすぐに伸びた足が前後にゆっくりとぎこちなく動くというものでしたが、何年か前にテレビで見たロボットはしなやかな動きで重心移動も巧みに、歩いたり踊ったりしていました。見ているうちにあまりにも自然に動いているので、中に人が入っているのではないかしら…と思えるほどでした。人格まで感じてしまうような人間に近い動きが実現できるとは本当にすばらしいことですね。
 また、ほかにも動物の動きをヒントに作られたロボットも見たことがあります。蛇のようにしなやかにからだをくねらせて水中を泳いでいました。これらのロボットは現実に存在する人間や動物をモデルにして、それらに何とかして近づけようと研究者が頑張ってきた成果です。

 ところでモデルになっている私たち自身はというと、いったい何を目指して人生の日々を積み上げていけばよいのでしょうか。私たちは自由に動く体や考える能力などいろいろな賜物を与えられています。私たちを創られた神様は地上の人々にどんなことを期待して上からご覧になっているのでしょうか…
 創り主であられる神さまは私たちを愛してくださっていますから、私たちが幸せであることを願っておられます。マタイによる福音書5章にはイエスさまが語られた山上の説教があります。7節から9節までお読みします。
『憐れみ深い人々は、幸いである、その人たちは憐れみを受ける。心の清い人々は、幸いである、その人たちは神を見る。平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる』。 
 憐れむということは他人の気持ちを汲み取ることができるということです。ロボットが進化して人間そっくりの動きができたとしても他のロボットを憐れむことはできませんし、ロボット自身が辛い経験をしてそれを乗り越え、同じような試練にあった人と共に泣くということもできるはずはありませんね。

 聖書にはお金のある人は幸いであるとか、能力のある人が幸いであるとは書かれていません。私たちが考えるよりもっと深いところに幸いがあることがこの聖句から想像できませんか?イエス様が教えてくださったことを祈り求めていく時、私たちは本当に幸せになるはずなのです。憐れみ深い心、清い心、平和を実現しようとする心…これらは、神様が私たちに対して少しでも近づいてほしいと願っておられる姿の一部と言えると思います。聖書のみことばには神様のみ心が現されています。そこに私たちが目指すべき姿を見つけることができるはずです。

 納得のゆかないことや、辛い試練が続くと私たちは何とかして抵抗し、自分の力で切り抜けようとします。抵抗することによって現実との摩擦が大きくなり苦しい思いが長く続きます。神様が与えられたことをそのまま受け止め、神さまのまなざしの中で祈りつつ歩む時、最も幸せな心の状態を保つことができるとわたしは信じています。
 今日、この放送を聴いてくださったあなたが幸いな人生を見つけてくださることを心から願っています。

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