キリストへの時間

「口から出てくるものが人を汚す」

放送日
2005年7月24日
お話し
山脇栄子(清和女子中高等学校教頭)

山脇栄子(清和女子中高等学校教頭)

メッセージ: 「口から出てくるものが人を汚す」

 おはようございます。清和女子高校の山脇です。

 今朝はマタイによる福音書、15章11節の「口に入るものは人を汚さず、口から出てくるものが人を汚すのである。」という聖書の箇所に目をとめたいと思います。

 私は絵筆を口にくわえて絵と詩を書いていらっしゃる、星野富弘さんの画集を見るのが大好きです。若い時に首を痛めた星野さんは、寝たきりの生活の中で、神様の存在を知り、自分の残された力を、口で絵筆をくわえて、作品を仕上げていきます。一筆一筆書きあげていく気の遠くなるような作業の結果、生まれてくる作品の一つ一つに、彼のすばらしい信仰のあかしをみることができます。

 その作品の一つに、くちなしの花を書いてこのような詩が添えられています。「もうやめよう、人の悪口を言うのは、それを一番先に聞くのは自分だから」と。

 私達は自分のことを棚に上げて、何か自分の心が落ち着かない時など自分自身の反省をするよりも、あの人が〇〇だから、あそこが〇〇だから、だから全てのことがうまくいかないと他の人や物のせいにすることが多くありませんか。私はとっても恥ずかしいですが、しょっちゅうこんなことの連続です。自分がこうしよう、ああしようと計画していることが、中断されたり、延期されたり、反対されたりすると、どうしてこんなに準備をしてきたのに、何がいけないのか理由を言ってほしいなどと冷静さを失ってしまい、ついつい口から他の人に対する悪口などが出てしまって後でとっても恥ずかしくなることがあります。そんな時に星野さんの描いたくちなしの花を思い出します。

 「もうやめよう、人の悪口を言うのは、それを一番先に聞くのは自分だから」。そうですね、そのことを一番先に考え、口に出すということは自分の心の中で考え、自分の心の中でその事柄を言葉にしているから一旦口の外に出てしまった言葉は、取り戻して口の中におさめることはできません。ああ、あんなことを言うのではなかったといくら反省しても、その言葉を取り返すことができないのです。いくらその人に謝っても悪口を言われた友達は、あの人は私をあんな風に今まで思っていたのだろうかとショックと共にとってもさびしい思いをすることでしょうね。でも、中には心にもないことを言うという人はいますね。口先だけでお世辞をいい、心の中で舌を出している。しかしそういう人はその態度でわかりますね。人を本心から愛して、その言葉を口から出しているかどうか。

 今日読みましたマタイ15の8には「この民は口先では私を敬うが、その心は私から遠く離れている」と民を戒めている箇所があります。私達は口先だけで、神様許してください、神様〇〇ですともっともらしいことを言い、祈っている時があるのではないでしょうか。本心から神様に全てをまかせて、本心から祈って自分の歩む道を進んでいるでしょうか。私自身いつも反省することは、格好だけの、見せるだけの、形だけのクリスチャンの生活をしてはいないだろうかと考えると、とても恥ずかしくなります。口に入るものは人を汚さず、口から出てくるものが人を汚すのである。それは、その人の心から出てくる、悪意、殺意、盗み、悪口などがそうであると書かれています。口先だけで、心にないことを言ってごまかしの生活をして、その事柄が、さも成功した正しい事柄であるかに見せているその心を、全てご存じの方がいらっしゃることを忘れてはいけません。神様はいつも私達の心の奥そこまで知っておられるのです。その方のお心に添って、心と口を清めて頂き、本心から隣人のために祈り、本心から神様に喜んでもらえる生活をしたいものです。

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