信心のために自分を鍛える | テモテへの手紙一 4章

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テモテへの手紙一 4章

体の鍛練も多少は役に立ちますが、信心は、この世と来るべき世での命を約束するので、すべての点で益となるからです。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 テモテへの手紙一 4章8節

信心のために自分を鍛える

あなたは普段、運動をされているでしょうか(わたしはほとんどしていません)。パウロは「体の鍛錬も多少は役に立ちます」と言っています。確かに体を鍛えることは健康に生きるために多少役立つでしょう。またアスリートであれば、競技で勝利し、賞を得るために体を鍛えます。

しかし、パウロがテモテに本気で勧めていることは、「信心のために自分を鍛えなさい」ということです。「信心」とは「敬虔」とも訳されます。神を畏れ敬い、敬虔に生きるために自己を鍛えよ、ということです。そちらの方が、体を鍛えるよりも役に立ち、「すべての点で益となる」と言われます。なぜなら、「信心」もしくは「敬虔」は、「この世と来るべき世での命を約束する」からです。単にこの世での健康な生活ではなく、永遠の命が約束されているのです。しかもその約束は、「すべての人、特に信じる人々の救い主である生ける神」によるものですので、確かです。

私たちも、永遠の命という約束された賞を目指して、敬虔のために自分を鍛えていきましょう。そして、「キリスト・イエスの立派な奉仕者」として、共に「労苦し、奮闘」していきましょう。生ける神に希望を置いているなら、その労苦が無駄になることはありません。

【祈り】

生ける神よ、あなたに希望を置きつつ、敬虔のために自分を鍛え、永遠の命を得ることができますように。

坂尾 連太郎(南与力町教会)